── 夢寐にも忘れず




匠の行方は依然として分からず、またその理由も判っていない。
誘拐、拉致、不慮の事故による消息不明、勿論それらの可能性も考慮した。
しかし、司は漠然ながらも匠は自ら消息を断ち、自分はその手掛かりを掴んでいるのではないかと考えている。


その確証のない思考を裏付けるのは、あの夏の日の匠を探す声と、司が病院で夢現つの中聞いた声。

一つ目の手掛かりは、黒い衣裳に、白い肌、銀の薔薇が施されたブレスレット、そして赤々と光る両の瞳の匠の名を呼び探すその人物。
咲夜は勿論、匠にも話せなかった。

最初は夢だと思ったから話せないのだと思っていた。

それは違う。
今なら分かる。

それは恐怖だ。


深く、深く、眠った後ですら有無を言わさず引きずり込む、恐怖。
幾度も夢に見、現実との境を喰い潰すその影。
植え込まれた恐怖は口にすることを阻む。

二つ目の手掛かりは、匠と最後に会ってから意識を取り戻すまでの間に聞いた話し声。

おそらく二人。
一人は匠の声。



「……ごめん…つかさ…」

「ごめん……」



霞んだ意識の中、微かに聞こえた聞き馴染んだ声は申し訳なさそうで少し擦れていた。


「……いいのか?…もぅ、…ったら…もどれな…ぃ…」



もう一人、聞いたことのない声。
匠より高めの、問い掛け。

「ぃぃ…いこう、ラン……」

「……ばぃばい、っかさ…」



最後に聞こえたのは誰かと共に去る別れの言葉。


片方は確かに匠の声だと司は思う。
確固たる証拠はないが、それしか匠の所在を知る手掛かりが見当たらない。

自分への謝罪。
去り際の別離の言葉。
そして連れ立つ人に呼び掛けた『ラン』という名前。


記憶にあるのはそれだけ。
頼れるのもそれだけ。


唐木と共同生活を送っている間、司はあの匠を呼んだ人物と『ラン』という人物を探し続けた。
どちらの記憶も確かならば、あの日の事件も匠の失踪もおそらく繋がる。
一方は匠を呼び、一方は匠と共に消えたのだから。

司は匠を呼び、おそらく自分に傷を負わせたであろう人物を密かに『薔薇の人』と呼んだ。
頭の隅にちらつく、手首に巻き付いた銀細工の薔薇のブレスレットに因んで。

匠の知り合いは勿論、自分や家族の知り合いにも当たった。
だが、誰一人該当する人物も、該当する人を知る人物も見つからなかった。



いつの間にか『薔薇の人』と『ラン』という人物を探すことが司の生活の基盤になっていた。

司を気遣って唐木が何かと連れ出して出掛けたり、料理をしたり、勉強したり、猫のマグロの世話をしたり、とりとめのない日常を送っていたとしても、司は匠と『ラン』と『薔薇の人』を追っていた。


あの夏の日以来、変わってしまったのだ。

朝には学校に行って授業を受け、友達とたわいもない話をして放課後には部活に出て、家に帰れば全員とは言わないものの家族が揃って、話をし食事をし、時には戯れあって休日は遊びに行って、───

そんな日はもう来ない。
司はその代わりに三人を追うのだ。
埋まらない日常の代わりに。


半分生きがいだと思う。
司はそれを早いうちに自覚した。

家族を失い、平穏を失い、
得たものと言えば異端のモノを視る目だけ。

目を背ければそれでも生きていけたかもしれない。
ひっそりと、穏やかに。
でもそのまま埋もれていくにはあまりにも違う現実に、司は耐えられなかった。

だから司は探すのだ。

中途半端に日常に帰ることはきっと傷を深くする。
安息の生活であの夏の日を抱えて生きていくことなど考えられない。

目を瞑ればあの惨劇が広がり白い腕が伸びてくる。
記憶を辿れば兄の悲しそうな声が蘇る。

果たしてそれが日常なのか。
どちらにしろ癒えない傷ならば、真実が知りたかった。



もう戻ってこないなら、一、二年先の未来すら司はいらなかった。



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