蝶 の 舌
A lingua das bolboretas
胡 蝶 ノ 箱 庭 ― 弐



 現実が幻想を生み出すのか

 幻想が現実を食い潰すのか


 どちらにしろ 抗えない






胡  
蝶 
ノ  
箱  
庭 

弐 






第一発見者は第三分隊の隊史二名、つまりオレの部下だ。
今日未明夜間見回りから帰還し赭鸞郭から白鶯館へ向かう途中、件の桜の並木道を通った際に遺体を発見。
その内一人が自分の元へ知らせにきたらしい。


オレの次に来たのは瞬弥だった。

部下を走らせて間もなく。
大概門番付きで開いている正門からではなく赭鸞郭方面から入ってきた所に出会したようだ。

いつものように何処かの女の所から朝帰りだったらしいく、少しばつの悪そうな顔をして近付いてきたが、直ぐに異変に気付いて駆け寄ってきた。


「燎介?」


オレの名を呼ぶと同時にその異変が何なのか、明確に気付いたらしい。
見る見るうちに顔が強張ったかと思うと、「副長!」と声を張り上げて副長の元へ走った。

オレの目の前を掠め、走り寄った副長の首に手を当てる。
あの傷で、あの血の量で、生きているとは思えないが、それでも瞬は迷うことなく脈を見る。


少ししてやはり予想通り首を横に振る背中がそこにあった。




現場に赴いた時には一人だったが、直ぐ様部下が他の隊史を呼びに行ったらしくあまり間を置かずに数人が駆けつけた。
そしてその中には椿さんと開高の姿もあった。

砂利道を踏む音がじゃりじゃりと近付いたかと思うと、息を飲む気配と静寂。

しかしそれも一瞬のことで直ぐに事態を把握した椿さんから落ち着きを払った声で指示が下される。


「ここは立ち入り禁止にして下さい。例え隊史でも許可なく入れないように。それから今すぐ白鶯館に通じる出入り口は全て封鎖を」


感傷の間もなく椿さんは近場の隊史に素早く指示を飛ばす。
何人かの隊史がはっと我に返って訳も分からず走り去っていった。
傍にいた開高は未だ理解が追い付かないのか、信じたくないのか、ただ茫然と副長を凝視している。


オレも似たような状況なのだろう。

近くで椿さんの声がするのに、それは何処か遠くの喧騒のように耳に届く。

副長の直ぐ傍で項垂れる瞬が目の端に映る。
足はその場についたまま。
あの副長を見た瞬間から微動だにしていない。

直視していなくとも残像のように脳裏に浮かぶ副長の遺体。
そのちらつく惨劇を彩るもの。

在るはずのない、桜吹雪。
広がるはずのない、血の海。


視線も思考も彷徨っていた。




「――木津宮君」


呼ばれて振り向く。
一瞬誰だか分からなかった。
椿さんに呼ばれたのだと気付くのにほんの少し時間がかかった。


「私は史長に知らせて今後の指示を仰ぎます。貴方は現場の指揮と保存をお願いします」


そう言うや否や、いつもは早々走らない椿さんが駆け出した。
それを見てこれは非常事態なのだと、妙な所で認識する自分がいる。



駆け抜ける椿さんの背中を見届けて視線を戻すと、まだ開高は突っ立ったままだった。
その視線の先には立ち上がる瞬弥がいる。
微かに揺れているようにも見える瞬の後ろ姿に覇気は見られない。
それが何故かなんて愚問だろう。



「……うそやろ?」



ぽつりと呟かれた開高の一言。

震えた声に乗せられた四文字。



手が、震えた。
指が上手く噛み合わない。

喉の奥が渇く。
張り付いて言葉が出ない。

視界が巡る。
言い表せない不安が心臓に爪を立てる。




最初に出るはずだったその言葉を聞いて、ようやくオレ自身が現実に追い付いた。




起きてはいけない事が、

起きてしまった。



【続】


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