蝶 の 舌
A lingua das bolboretas
胡 蝶 ノ 箱 庭 ― 壱



一面の赤を纏い 闇を従え

無機質でいて 酷く美しく


それ以上の完成品を

オレは知らない





胡  
蝶 
ノ  
箱  
庭 

壱 






部下からの報告を受け四半時。
目の前にそれは在った。
    ・・


場所は白鶯館と赭鸞郭を結ぶ間道の一つ。
二つの建物が渡り廊下で繋がる為にここを使うとなるとわざわざ屋根のない迂回路を通ることになる。故に日中は早々使われない道だ。
ただ、街路樹のように桜が立ち並んでいるので春になれば桜見たさにちらほらと人影もちらつく。
桜が七分咲きの今はそれこそ見頃まで後僅か。
だがそこに花を楽しむ人の姿はなかった。


「……あちらが現場です」


案内を頼んだ隊史が桜の並木のある一点を指差す。
自分が事態を認識する前に、その隊史は耐えきれずに顔を背けた。



一瞬、呼吸が止まった。

確かに顔を背けるのも無理はない。


視界には七分咲きの桜並木。
その下には鮮紅。
そしてかつて人だったモノ。

赤い大輪を散らすように桜にもたれ掛かるそれは、
長い長い銀糸の髪を垂らし、
蝋のように蒼白い無機質な顔に
虚ろな碧緑の硝子玉を嵌め込んだ

それはそれは、美しい人形だった。


時を忘れてそれに魅入る。
血の気を失った端正な顔。
散らばり波打つ銀の髪。
瞳は濁り、視線は宙を彷徨う。
一点だけ紅を差したように鮮やかな唇は蝋を塗りたくったようにのっぺりとして。
唯、そこから一筋流れる赤だけは瑞々しく。
まるで生き人形のごとく。

湿った土の上、儚げな桜の木の下、胡乱な朝靄の中であってもその肢体は名匠の一世一代、渾身の傑作にすら見えた。

折れそうな白い細首を横切る赤の斬撃さえ、
胸元に墓標のように突き刺さる漆黒の一振りさえなければ。



「……うぐぅっ」


後ろから聞こえたくぐもる声で我に返った。
横目で見れば先の隊史が苦悶の表情で口元を押さえている。

血の臭いがした。
桜を彩る異形の佳景に満遍なく漂う錆臭さ。

霞がかった幻想が晴れ、生々しい現実が戻ってくる。

この眼に映るのは人形ではない。


人気のない桜並木。
その中でも一際眼を惹く枝垂れ桜の根元。
漆黒の隊服を一切乱すことなく
しかしながら首を真横に切り裂かれ、胸の中央に愛刀を突き立てられた副長がそこにいた。


桜の木肌にも地面にも飛び散る夥しい血。
鼻を突く異臭。



副長は、本当に死んでいた。




【続】 



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