陸、【夕美 紅と云う人】 






其の眼を惹くのは黒か、白か



夕美 紅。特殊武装警護隊・洛叉監史副長。

長い銀髪、翡翠の瞳、漆黒の隊服に身を包めば一際目立つ白磁器の肌、この国には珍しい容姿に長身の秀麗な玉人。

剣の腕前は隊において一、二を争うほどの技量を持ち、愛刀『夜須千代国景(やすちよ くにかげ)』を振るう様は、その浮き世離れした美貌と剣戟の壮絶さから天女かはたまた軍神かと称される。

だが、常に表情乏しく冷たい面立ちに、己にも他者にも厳しい態度、加えて隊務に対する鬼気迫る執念とも言えるその姿勢から『雪夜叉』と畏怖されていた。



「顔が人よりマシな造りしてるんですから、ちったーにっこり笑ってみたらどうですか。
少しは気分変わりますよ」


そんな雪夜叉と畏れられる副長殿に明け透けにものを言うのは、この生田園衞くらいなものである。


「楽しくもねぇのに笑えるか、呆け」

「確かに。紅さんが天使の微笑みなんて浮かべてたら皆引きますね」


会話が噛み合っているのかいないのか。
早朝に続いて執務室でいつも通りのやりとりを紅は書類を捌きながら、園衞は用意した自分専用茶器一式で勝手に香茶を飲みながら行なっていた。


「園衞、己の目の前で茶ぁ飲むのは嫌がらせか?」

「いいえ?暇つぶしですよ?」

「尚質が悪いじゃねぇか。今日中に決裁しなきゃなんねぇ書類早く出せ。頭かち割るぞ」

「無理ですって。おれが内勤派じゃないことは紅さんもよく知ってるじゃないですか。
もう今朝のテロの資料がおれの限界です」


まったくもって動じず香茶を啜る園衞。
激昂すれば即抜刀という激しい気性の上司に園衞がこうも言えるのは一重に付き合いの長さに関係する。


「ああっ!もう!!己が限界だ!
大人しく斬られるか殴らせるか選べ、園衞!!」

「えー選択肢なしと同じじゃないですかー」

「んな贅沢できる立場だと思ってんのか?!」


とうとう耐え切れずに紅が机に両手を叩きつけて叫ぶ。
園衞は対して悪怯れもせず器用に茶器一式を抱えて一歩引いた。


「手前ぇ、逃げようったぁいい度胸だなぁ、おい」

「どうどうどう。ほら、書類よれますよ」



「おい、何やってんだ?」


がちゃりと扉が開く音の後、そこに頼光が現われた。


「頼さん」
「輝一朗さん」


途端に二人の動きが止まった。
紅は片足を机に乗り上げ鯉口を切る寸前、園衞は茶器を小脇に抱えながらも刀に手を掛けているという執務室では有り得ない状況下だったが。


「二人共相変わらず仲が良いな。
あ、園衞、茶くれ。喉が渇いた」


いつものことなので気にも止めず、むしろ色眼鏡がかかり気味な発言をしながら頼光は園衞に茶を催促した。
園衞も園衞でそそくさと座り直して香茶を注ぎ始める。
唯一紅だけが若干状況についていけずに片足は床に戻したものの、手は刀に掛けたままだった。


「朝言い忘れたんだが、菊間さんが良い茶菓子くれたんだよー。食うだろ?」

「あ、それ三好屋のかすていらでしょ。流石司令ですねー。ここのなかなか手に入らないんですよ」


何故か茶菓子を勝手に広げ始める上司と勝手に茶会の準備を始める部下。
部屋の主の許可なしに事は進む。


「……もう勝手にしてくれ」


付き合いきれないとばかりに溜め息を吐いて紅は椅子に逆戻りした。



座ってはみたものの、することと言えば今し方まで手を付けていた残りの書類の決裁しかない。
仕方なく散らばった書類を集め、万年筆を掴もうと手を伸ばした。

しかしその手は届く事無く、万年筆を掴む代わりに頼光が手を掴んでいた。


「頼さん。己、仕事がしたいんだけど」

「馬鹿。お前昨日寝てないだろ。何無理してんだ」


頼光の行動に眉をひそめて紅はやんわり非難するが、頼光は真剣な顔でそれをぴしゃりと言い返した。


「一時寝れば動ける。そんな柔じゃないから一日の徹夜くらいで心配するなよ」


やや憮然として紅も言い返す。
それに頼光は溜め息を一つ零した。


「この前もその前もそう言ってたぞ。ったくお前はなぁ……



女の子がそんな無茶したら駄目だろーが」


そう言ってまた頼光は溜め息を零した。

男にも引けを取らない長身、どちらとも言い難い顔立ち、毅然とした態度、あの物言い。
これでも紅はれっきとした女性である。



「……頼さん、それここでは言わない約束だろ?誰が聞いてんのか分かんないのに」


だが紅は頼光の発言に一層顔をしかめる。

何故なら彼女は公では“男”として通しているからだ。


【了】 


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