漆、【その為の存在理由】 






何故彼女は“男”を装うのか。

それは彼女にとって“決意表明”であるから。




洛叉監史の創設は今から八年前。
激化するテロなどの凶悪犯罪に対抗する為に発足された特殊武装警護隊である。
治安維持を目的とする厳戒司令部所属、その中でも浮き立った存在である洛叉監史には他の隊とは決定的に違う点があった。

それは独立した入隊条件と任命制度である。

通常、士官になるには士官学校にあたる講武所に入ることが義務付けられる。
下士官及び兵卒はその限りではないが、佐官以上の将校への昇級を望むのであれば、これは基本的に必要事項である。
しかし例外的に洛叉監史にはその義務は課せられていない。
史長、副史長両名の推薦及び承認、もしくは隊長一名以上の推薦及び入隊試験通過が必要条件であり、過去講武所に在所せずとも入隊は可能なのだ。
更に入隊時の階級と後の昇進速度は隊の裁量が大きく反映されるので格段に自由度が高い。
つまり職業軍人ですらない文民が入隊早々将校に命ぜられる可能性も示唆できる。

講武所に入所することに基本的に身分制は関係ないが、そこを通過するだけの学力・教養、入学金・授業料などのその他諸々の資金面を考えれば、それを賄える状況となると当然身分の高い武家や公家の出身者が多くなる。
庶民は必然的に割合として低い。
勿論免除規定も存在するが、大抵は成績上位者に対してで実践的な面に適用されることはほとんどない。

だが、洛叉監史はそれを必要としない。
求められるのは身分でも金でもない。
頭脳、経験、戦闘能力、生きる中で得た実力と呼ばれるもの唯それだけ。

能力主義であるこの部隊の初代史長は頼光輝一朗。
そしてその補佐として入隊したのが紅だった。


紅は正式に講武所に入らないまま軍に入隊した一人である。
その卓越した剣技と頼光が寄せる絶対的な信頼から紅は発足当初より洛叉監史に籍を置いた。

理由は至極簡単明解。
頼光の為に在ること。
彼女にとってそれは最も重要なことである。


紅は訳あって五つの頃、下級武家の頼光家に引き取られ、それから頼光を慕い育ってきた。
それまでお世辞にも善い環境で育っていなかった紅にとって、優しさと居場所をくれる頼光の存在は彼女の総てである。
何物にも変え難く、何よりも大切なもの。
それは今や思慕も恋慕も超えて既に崇拝に近い。

頼光の為になるならば、
紅は厭うことなど何もない。
その為に必要ならば何であろうと犠牲に出来る。
紅はそう考える人間だった。

だから、自分が邪魔になるなどもっての外。
だから、不必要な要素は捨てられる。

新たな組織とは言え、未経験の若い女が副長なる。
それは格好の攻撃材料になる。
自分のせいで組織を、頼光の立場を危うくすることは苦痛以外の何物でもない。

経験ならあとから補える。
若さなら何れ過去になる。

紅は女であることを捨てた。
そう示すものは何もかも。
櫛も、鏡も、簪も、着物も帯も処分した。

それは甘さを捨てる為。
自分が甘えてしまうことを、相手が甘えさせてくれることを。





「……紅(べに)」


過去と一緒に捨てた呼び名を頼光が口にする。
渋い苦みが広がるようにそれは微かに耳を掠め消えていく。

気付けば園衞は部屋にはおらず、頼光と二人だけの空間になっていた。


「それも呼ばないでくれって言っただろ」


困ったように紅は小さく笑った。


 『決意が鈍るから』


それだけは言えなかった。


【了】 


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