『拾い物もいいもんです』 後編 「輝一朗さん、何してるんですか」 猫達と一緒に雰囲気に和んでいると自分の名前を呼ばれた。 声の方向に目を遣れば丁度雑然とした庭の茂みを掻き分けて園衞が顔を出したところだった。 「どうした?園衞」 「それはこっちの台詞ですよ。アンタまだ仕事中でしょ」 黒の隊服についた木屑や小枝を払いながら、園衞は縁側に座る頼光の前まで歩み寄る。 いつものように頭に置かれた赤い眼鏡の位置を軽く直した。 「それは園衞もだろう?俺は見回りに行ってきたぞ」 「おれは自主休憩の最中です」 その時、園衞が出てきた方から踏みしめるような靴音がしたかと思うと、突き刺さる怒号が響き渡った。 「園衞っ!!!手前ぇ隊長が現場報告せずにとんずらとは良いご身分だなぁ、おい!」 茂みを薙ぎ払い出てきたのは紅。 相変わらず寸分の隙もなく隊服を着こなし、眉間に皺を寄せての登場だった。 「おれの仕事は斬って仕留めて終わりましたよ、って言えば済むもんですよ」 「終わった後の報告書提出も立派な仕事だ、戯け」 ゆっくり近付きじわじわと距離を詰める紅に、園衞は直ぐ様ひらりと身を返した。 その勢いで地面を蹴ると器用に靴を脱ぎ捨てて縁側の頼光の背中に回り込んだ。 ようやく頼光がいたことに気付いたらしく、紅はあっと少し驚く顔を垣間見せた。 だがそれよりも園衞の件が先決のようで、動作は止めずに二人の正面に立ち回る。 いつの間にか巻き込まれてしまった頼光は自分を挟んで睨み合う二人に思わず笑みが零れた。 それこそ十にも満たない年から二人を知る頼光にとってどちらもまだまだ子供のように見える。 今では同じ仕事をし、死線すら共に超える同志であるから対等に扱っているつもりだが、こういうやり取りを見ると昔を思い出した。 あの頃はまだ袴をよく履いていた気がする。 馬鹿みたいに剣の稽古ばかりして家に帰ったら自分が拾ってきた奴の世話。 最初は一人だけでしていたが、いつの間にやら紅が加わり、続いて園衞もその中に入っていた。 刀と動物の世話する前に本くらい読めと父親によくどつかれた。 母親はもう拾ってくるものは人か鬼しか残ってないわね、と父親とのやり取りを見て笑っていた。 本当に人を拾ってきた時は流石に両親共々唖然としていたが。 「相変わらず仲がいいな、紅も園衞も」 懐かしくなって頼光はぽつりと呟いた。 どちらかと言えば殺伐とした雰囲気を醸し出していた二人は、何とも気の抜ける頼光の発言に瞠目する。 そして異口同音。 「「良くない」」 一語一句、呼吸や間合いすら一緒の文句に頼光は更に笑みを深くした。 「どう見たってそれは仲良しさんだぞ?」 茶化すように言えば後ろにいた園衞が首に腕を回し万力のごとく絞め上げる。 「腐れ縁って言うんですよ、こういうのはっ」 「誰が仲良しさんだよ。強いて言やぁ怨恨、遺恨みてぇなもんだ」 紅は憮然と腕組みをして仁王立ち。 仲良し呼ばわりが気に入らなかったのか、さん付けが気に入らなかった分からないが、園衞を止める様子はない。 「園衞、ちょっと苦しいぞ、お兄さんは」 「……アンタも仕事サボってたんだろ。園衞、そのまま意識飛ばねぇ程度に絞めといていいぞ」 「はーい。じゃ、副長命令ですから観念して下さいねー」 一体その細腕の何処にそんな力があるのかと疑いたくなる怪力で無遠慮に首を絞めつける園衞に、まったく動じる事無く淡々とその状況を見届ける紅。 いきなり徒党を組んだ部下二人に頼光は軽い私刑(リンチ)を食らった。 昔はもう少し可愛げがあったはずだ、と程よく酸素が回らなくなってきた頭で考えていると、 「「みゃあ」」 二つの鳴き声が綺麗に重なって耳に届いた。 「……猫?頼さん、それどうしたんだ」 その声に気付いた紅が頼光の腹の辺りを指差した。 絞められたままの首を少し下に向けると白猫と黒猫が頼光を同じように見上げている。 目が合うとまた一声鳴いて擦り寄ってきた。 「また拾ってきたんですか?」 首に巻いた腕をするりと解き、園衞は覗き込むような形で二匹を見る。 二匹は仲睦まじく寄り添い頼光にぴったりくっついて戯れていた。 「……また拾ってきたのか」 「おう。このシロが怪我してたからな」 笑顔で白猫を抱き上げ紅に向ける頼光に、紅は呆れたとばかりに溜め息を吐いた。 「頼さん、ここは衛生管理局じゃねぇんだぜ?一応極悪非道のテロリスト相手にしてるところだ。 アンタも判ってるよな?」 眉間の皺を深くして紅が言い放つ。 頼光の性格を考えれば、おそらくここで飼うという結論に行き着くだろう。 だから紅は頼光が何か言う前に敢えて先手を打った。 だが、頼光は紅の答えを分かっていたと言わんばかりに屈託のない笑顔で答えた。 「じゃあ俺が飼う。それはさして問題ないよな?」 しかも二匹共だ、と黒と白の猫を両方抱き抱えてまた笑う。 それに面食らったのは紅だ。 その答えに至ることなど考えれば判ることだったが、改めて言われると驚くより他ない。 おまけに年の割に無邪気な笑みを向けるこの男に滅法弱いときたものだから余計始末に悪かった。 最後の止めはその腕に抱えられた猫の眼。 丸々とした薄い灰の混ざる碧眼と純度の高い翡翠の眼で真っすぐ見られると、流石に即刻捨ててこいなどとは紅でもすぐには言い難かったらしい。 「……頼さん」 少し長めの沈黙の後、小さな溜め息と共に紅が折れた。 「シロなんて安易な名前じゃなくてもっとちゃんとした奴考えてやれよ。別嬪さんなんだから」 そう言って白猫の頭を軽く撫でた。 「じゃあ何て付けるんですか?」 それまで成り行きを傍観していた園衞が黒猫を指で突きながら問い掛ける。 その問いに頼光はそうだなぁ、と一人呟きながら考えを巡らせた。 「……あ!」 頼光はしばらく首を捻っていたが、何か良い案が浮かんだらしく満面の笑みで紅と園衞を見返して言った。 「“くれない”と“えん”! 白がくれないで黒がえん。どうだ?」 これなら文句あるまい!と意気込む頼光に紅と園衞は呆気にとられた。 「……何で?」 由来がありそうだが、さっぱりそれが判らない紅は至極あっさり疑問を投げ掛ける。 園衞も同じく判らないので答えを促すように頼光をじっと見据えた。 「くれないは人見知りと気性の激しい翠眼の美人さん、えんはすましてるけどくれないを大事にしてる碧眼の美男子、誰かさん達によぉく似てると思ってね。 あ、肉まん忘れてた。今日はあの噂の但馬の肉まん買ってきたんだよ。食うだろ?」 怪訝な顔をする銀髪に翡翠の眼を持つ麗人と、頭を捻る黒髪に薄い碧眼の美丈夫を尻目に頼光はその爽やかな笑みをと共に肉まんの入った袋を差し出した。 * * * * * * * * 後の協議により、白猫のくれないと黒猫のえんは動物の世話が好きだという第二分隊隊長・開高愁一(カイコウ シュウイチ)少佐にめでたく貰われていった。 だがそこに至までに、 「紅と園衞に似てるんだ」 と頼光が口走ったばかりにくれないとえんの飼い主競争率が異常な高倍率になったのはここだけの話。 【了】 ●○●○●○●○● 壱万打記念、頼光史長の小咄で御座居ました。 凄まじい拾い癖の持ち主、頼光輝一朗。 ちなみに拾った人間は紅です。正確には保護ですが。 動物を小説に出すのは初めてなので苦労しました。 それにしても紅は頼光に弱い(笑) こちらの小説はフリーです。 サイト掲載時には記名のみは必須でお願い致します。 田中唯太 拝 |