『拾い物もいいもんです』 前編 




今も昔もよく拾い物をします。



『三 千 世 界 ノ 鴉 ヲ 戮 シ テ』
番外編 〜 『拾い物もいいもんです』



白く光を反射する石畳の街道をゆっくり歩く。
夏の盛りを過ぎ、秋も深まり、その光も強さより柔らかさを醸し出す。
肌を撫ぜる風も優しく、そして少し寒くなった。


頼光輝一朗はそんな秋色に染まる辺りを見回しながら歩を進めていた。
歩いているのは区画整理のなされた街道。
進むほど面白みに欠けるくらいきっちりとした道幅と規則正しい遠近感が見て取れるのは軍の敷地が近い証拠。
頼光はその道を一人歩いていた。

陽の高い昼間から歩いているのは視察を兼ねた見回りの為。
と言っても、普通ならば准将ともあろう者が護衛一人付けずに、しかも見回りなど平隊史がする隊務をこなすこの状況は非常に頂けないが、頼光自身はさほど気にせず暢気に視察という名の散歩を楽しんでいた。

頼光は時折こうして一人ふらりと外に出る。
理由は陽気が良いからだとか、花が咲いたからだとか、基本的にはどうでもよさそうなことで仕事にはあまり関係ない。
帰ってくれば必ず紅か椿のお小言が待っているのはいつものこと。
それでも頼光は隙を見ては街に出る。
大概手土産をぶら下げて帰ってくるのがこの勝手気儘な視察の定番。
今日の手土産は巷で評判の但馬香味堂の大入り肉まんだ。
また怒られるかもなぁ、と苦笑しながら、温かいうちに早く帰ろうと頼光は足を速めた。

雄々しく繁った濃い緑の植木と艶やかな赤や黄の街路樹が秋の色を折り重ねながら目に躍る。
季節の変わり目がこんなにもはっきり鮮やかなのは秋だけだろう。
見上げる空間の彩りに目を奪われながら角を曲がるとふと動くものが目に止まった。


いつもより上に向いた視界に入ったのは混凝土(コンクリート)塀の縁にいた黒猫。
最初に目が行ったのは首元。
黒に映える赤いリボンが綺麗に対称的な蝶々結びをされてその細い首を飾っていた。

黒猫は天鵞絨(ビロード)のように滑らかな毛並みの体で置物のようにちょこんと座り、灰味がかった薄い碧眼を頼光に向けている。
頼光が目を合わせると、黒猫はすっと肢体を伸ばし塀を飛び降りた。
その動きを追うと下に降りた黒猫はまたある一点で止まり、再び振り返る。
その青の眼はこちらに来いとばかりに頼光を見つめていた。
勝手にそう解釈した頼光は黒猫の元へ足早に向かう。


「あっ」


黒猫の傍にいたのは白猫。
横にいる黒猫に引けを取らない美しい白雪の毛並みに深い深い翡翠の眼。
その白い猫は黒い猫に寄り添うように蹲っていた。


「ん?どうした?」


更に頼光が近づいてみると、白猫はどうやら怪我をしているらしく他より煤けた左足を投げ出していた。


「お前、怪我してるのか」


咄嗟に手を出そうとすると、今まで大して動かなかった白猫が突然唸り声を上げたかと思うとご自慢の爪で遠慮なく引っ掻いてきた。

頼光は反射的に手を引っ込めたものの間に合わずに手の甲を少し引っ掻かれた。
甲には綺麗に入った朱の斜線。
認識するとじわじわと痛みが漏れる。
手を押さえて白い加害者を見れば物凄い勢いで威嚇に入っている。
立てない左足を無理に引き摺り、尚も唸り牙を剥く姿は少し痛々しかった。
人慣れしていないのか、それとも人に何か不快なことをされたのか、その刺々しい態度に少なからず心配して手を差し伸べた頼光としては淋しさを覚えた。

こうなると下手に近づくわけにもいかず、どうしたものかと考えあぐねて様子を伺っていると、それまで白猫の隣で大人しく座っていた黒猫が頼光の肩に飛び乗った。
肩に程よく収まった黒猫は器用に体を伸ばして頼光の手の甲の傷を小さなその舌で舐め始める。

 ぺろぺろぺろ

ざらざらした赤い舌が傷跡をなぞる。


「クロ、お前心配してくれてるのか?」


最初は驚いてなすがままだった頼光も、次第に顔を綻ばせて舌の動きに合わせて揺れる小さな頭を軽く撫でる。
黒猫はクロと呼ばれるのには不服らしく時折不機嫌そうな鳴き声を出すが、それ以外は大人しく頼光の肩に乗っていた。


しばらくそうして戯(じゃ)れていると、黒猫が不意に顔を上げた。
同じく顔を上げてみると白猫が憮然としてこちらを睨み付けている。
はたと気が付いた。


「シロ、お前俺がクロを拐うと思ったのか?」


また勝手に名前を付けて、思い当たることを口にしてみた。
試しに黒猫に密着すると更に低く唸って頼光を威嚇する。


「大丈夫、別にクロを盗ったりしないから。こっち来い」


しゃがみ込んで傷のない方の手を差し出した。
あと掌一つ分で手が届く。
でもそれ以上は近づかない。
少しでも頼ってくれるまで、ただ待つのみ。


 「にゃあ」


黒猫が鳴いた。
真っすぐ白猫を見ながらたった一声鳴いた。

その後にようやく白猫が覚束ない足取りで頼光に近づいてきた。
手を伸ばさずとも届く距離になったところで頼光は白猫を引き上げる。

腕には白と黒の小さな猫、それに矢鱈数のある肉まん。
すんなり定位置を見つけて腕に収まる黒猫に対し、居心地が悪いのかきょろきょろする白猫は自分の付けた頼光の傷を見付けると、遠慮がちに怖ず怖ずと舐めた。
その様子にくすりと笑いながら頼光は二匹の猫と肉まんの袋を抱えてゆっくり歩き出した。




 * * * * * * * * * *



洛叉監史(らくさかんし)本部・白鶯館(はくおうかん)。
頼光はここの長。
だが、正門からは入らずに裏の小さな勝手口を潜(くぐ)る。
繁る木々を掻き分けて進むと一番に見えてくるのは修練場。
更に進めば園路が見えその先には縁側が伺える。
頼光は迷わずそこに行くと、抱えていた二匹と袋を置く。


「ちょっとだけここで待ってろな?すぐ戻ってくるから」


そう言って二匹の頭を交互に撫でると縁側の奥へと消えていった。

少しすると救急箱と濡れタオルを持って頼光が現われた。
まだ場所に慣れないのか落ち着かない白猫をひょいと抱えて縁側に座り込むと、手際良くタオルで拭き始める。
粗方汚れを拭くと左足の患部を確認した。
出血するような怪我はしていないが挫いているようだ。
具合を確かめ、救急箱から包帯を取出し固定の為に巻き始める。


この手慣れた手つきは長年の習慣の賜物。
頼光は幼少期から何かと生き物を拾ってきては育てていた。
実家が比較的自然の豊かな場所にあったせいか、猫に始まり犬や狐、鼬(いたち)、狸、蛇に果ては熊を拾おうとして止められたことすらある。
拾ったからには最期まで面倒を見るのが義務である。
頼光はそれを忠実に実行し、実家は酷い時には動物園と化していた。
両親はそんな頼光を容認する代わりに、出来る限りの手当てと世話は自分ですると約束させ、今も頼光はそれを律儀に守っている。



「よし、取り敢えず固定はしといたからな」


きゅっと包帯の端を解けないように結ぶ。
にっこり笑って頭を撫でると、幾分警戒を解いたのか白猫が擦り寄ってきた。
続けて脇で寝転がっていた黒猫も頼光の膝の上に飛び乗り体を寄せる。
ころころ動く姿はまさに白と黒の毛玉。
時折モノクロの猫達に指を絡ませ遊ばせながら、頼光はすっかり涼しくなった縁側に腰を据えた。



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