『秋日和』 





たまには、
こんな日もありでしょう



『三 千 世 界 ノ 鴉 ヲ 戮 シ テ』
特別編 〜『秋日和』




空は見事な秋晴れで、
空気はほどよく爽やかで、
陽の光も丁度良い。
昼は脂がのった旬の秋刀魚。
食べ終わっても珍しく出動も溜まった書類ない今日は、
ささやかながら幸せな日。

自然と浮かぶ笑みを自覚しながら、木津宮燎介は白鶯館の窓辺に寄り掛かっていた。


「これで酒でもあれば実に良日だ」


今現在最後の書類を手に史長室へ向かう。
これを出せば呼び出しのない限り午後は自由の身。
久々に街にでも出ようかと考えを巡らせながら、足取り軽く廊下を進む。
目的の部屋に着けば行動は早い。
二、三度扉を叩いて直ぐに中へ入っていった。


「史長、この前の案件の報告書なんですけど、―― ってあれ?」


しかし扉を開けても応えはなく。
部屋はもぬけの殻。
いるはずの主の代わりに半端に開いた窓と帳だけが微かに風に揺られて動いていた。


「……あの人またいないのかよ。ったく、副長にシバかれても知らないっすよー」


早々に諦めて木津宮は頼光探索に向かった。
多分この時間なら視察と称した職務放棄の散歩がなければ、中庭、修練場、屯所付近にいるだろう。
そう当たりをつけて木津宮は外に出た。


地続きにある中庭、修練場の順に足を運ぶものの、そこにいるのは数人の隊史ばかりで頼光の姿はない。
最後に向かった屯所に行く道すがら、木津宮は園衞を見かけて声を掛けた。


「生田ー」


振り返る園衞に小さな違和感を感じ、木津宮は頼光のことを聞く前にその違和感について尋ねた。


「お前、何持ってんだ?」


園衞の手元を指して問う。
振り返ったその手には、奇妙な穴が顔のように刳り貫かれた橙色の南瓜が一つ。
黒の隊服ににやりと嗤う南瓜の組み合わせは確かに違和感があった。


「Trick or treat.」


そう言って園衞はひょいっと顔よりも一回り大きな南瓜を持ち上げた。


一瞬きょとんとして動きが止まった木津宮だが、思い出したように動きだすと外套(コート)の懐から小さな包み紙を取出しそれを園衞に投げて寄越した。
園衞の手元に丁度良く納まったそれは、淡い水色のセロハンに包まれた飴玉。
しっかり受け取った園衞は小さく舌打ちをした。


「……ちっ。知ってたのか」


南瓜を持たない方の手が刀に掛かって事実は見ないようにして、木津宮は笑いながら答える。


「悪いな。オレの実家、奏浜(かなはま)だからそーゆー外国の祭りとか行事とか結構よくやるんだよ。ハロウィンの奴だろ?それ」


木津宮が指差す南瓜と顔を突き合わせ園衞が首を傾げた。


「はろうぃん?異人さんは祭りにこんな気色悪くて不味そうな南瓜使うんですね」


その姿は愛らしい子供が南瓜を抱える微笑ましいものに見えるが、言動はまったくそぐわない。


「そりゃそうだよ。それジャックランタンっていってハロウィンの時に蝋燭入れて軒先とか窓辺に吊したり置いといたりするもんだからな」

「窓辺にこれをねぇ……。趣味悪いなぁ」


園衞の辛口に木津宮はまた笑った。


「それにしてもどうして生田がそんなの持ってんの?」

「綺潟(あやかた)の異國(ことくに)通りで貰ったんです」


綺潟は西京でも異国の人々の出入りが多い異人街にあたる。
彼らの故郷の料理や風習、習慣がそのままこの国で行なわれることも珍しくない。
香茶の茶葉を買いによく綺潟に赴く園衞は丁度その最中に出くわしたのだろう。


「……あれ?でもハロウィンって確か万聖節の前夜祭だよなぁ。今まだ九月だろ?」

「さぁ?よく知りませんけど、至る所で皆ぐりぐり南瓜抉ってましたよ」


おれもしたかったんで貰ってきました、と言う園衞の足元にはごろごろ鮮やかな橙の南瓜が転がっていた。
ジャックランタンを作りたかったと言うより単に抉りたかったんだろう、という発言は敢えて飲み込む。


「あ、忘れてた。生田、史長どこにいるか知らないか?」


代わりに本来の目的を果たす為に南瓜の角燈を持つ目前の人物に問う。


「輝一朗さんなら、―― あ、今後ろにいますよ」


後ろを振り返ると丁度後ろから来る頼光と目が合った。


「燎介、どうした?」


にこやかに笑いながら下の名前で気軽に呼ぶ頼光は、上着は黒いベストだけでシャツは捲り上げられボタンは二段目まで開けられた幾分砕けた格好で現われた。


「輝一朗さん、また盆栽ですか」

「いや、今日は違うぞ。屯所の剪定を庭師とやってたんだ」

「違うも何もアンタ昼行灯なんかしてたら殺(け)されますよ、てか盆栽もろとも殺しますよ?」


さらっと暴言を吐く園衞に頼光は度量が広いのか聞いていないだけなのか、盆栽は勘弁してくれ、と笑うだけだった。


「あ、燎介ほったらかして悪いな。で、何だ?」


笑顔でこちらに向く頼光に対し、何か思いついたらしい木津宮は満面の笑みを浮かべてこう言った。


「史長、Trick or treat!」



木津宮の言葉に笑顔から一転、訳が分からないといった様子で目を見開く頼光。
園衞は面白そうに傍観するのみで何もしない。


「何だ?そいつは」


「菓子をくれなきゃ即刻その首捻り潰しちゃうぞっていう誘い文句です」

「生田ぁ!!史長に変な嘘教えるな!!この人信じやすいんだぞ?!」


「嘘なのか?」


質の悪い嘘を平気で吐く年若い少佐に、慌てて訂正を入れる中堅の中佐、騙されても大して気にしないある意味大物の准将。
殺伐とした隊務に比べれば和やかな雰囲気が流れた。


「史長、違いますからね。
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞっていう意味ですから」

「そうなのか。
あ、でも俺は菓子持ってないぞ」


そこでまた木津宮がにやりと笑った。


「だったら悪戯はいいんでお願い聞いて下さい」


お願い?と聞き返す頼光に木津宮はええ、そうですと更に返して言葉を続ける。


「この書類受理したら午後から夜まで休み下さい」


頼光に持っていた書類を手渡しながら木津宮は願い出る。
些細な申し出に見えるが、非番でもテロがあれば容赦なく呼び戻される洛叉監史にとって短いながらも史長お墨付きの休みはかなり貴重である。


「この案件は……このまま通せるな。今のところ要請もないし。
いいぞ、燎介行ってこい」


受け取った書類に目を通して頼光は快く許可を出した。


「ありがとうございます!」


それを聞くと木津宮はきっちり腰を折って深く礼をした後足早にその場を去っていった。




「昼の秋刀魚で酒飲めなかったから一杯引っ掛けるか」



たまにはいいでしょ?
こんな些細な休息と小さな贅沢が味わえる日も。





◇◇◇◇◇◇◇

〜其の日の夜〜


「ただいまー」


望み通りの休憩を終えて白鶯館に舞い戻った木津宮の元に血相を変えた水崎が飛び込んできた。


「今来ちゃ駄目ですっ!!死にたいんですか?!!」


いつも以上に悲愴さを滲ませたこの世の終わりのような顔で水崎が木津宮に掴み掛かった。
その凄まじい気迫に気後れしながらも木津宮は水崎に問い掛ける。


「お、落ち着け、水崎。何があ」

「園衞ェエエっつ!!!
てっめぇ己の夜須千代で何南瓜なんざ彫りやがったんだコォラァッッ!!!
オラ出てこい!!叩ッ斬ってくれるわ!!!」



鬼神のごとき怒号とありえない轟音と振動が夜の大気を揺らす。
厭に金属が弾く鋭い音が聞こえるのは気のせいだろうか。


「よりによって今日が夜勤なんてありえないですよぉぉ〜」


泣き崩れる水崎に木津宮は乾いた笑いしか返せなかった。



【了】 

●○●○●○●○●


三千世界〜小咄て御座居ました。

夜森マコさまへ、いつも絵を描いて下さるお礼と日頃の感謝を込めてこの話を九月の誕生日のお祝いとして贈らせて頂きました。

きづみんが好きだと言って下さるので調子に乗った次第です。
ここからご飯物とセットなきづみんが始まった気がします。



[25/46] 栞 ヲ 挟 ム

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