▼2.愛にしがみ付く どうしてこうなったんだっけなぁ。 家に近づくにつれて後悔の念に苛まれたが今更前言撤回するわけにもいかず。 軽い足取りで後ろをついてくる男子高校生を確認しながら、知らず溜め息が漏れた。 そして一人暮らしのアパートに着いて、明るい蛍光灯の下で見た男の子は、予想以上に整った容姿をしていた。 黒いストレートの髪に、くりくりとした瞳が幼さを残しているが、背が高いせいか大学生でも十分通用するような風格がある。 あんまりマジマジと眺めていたせいか、首を傾げて戸惑う様子はやっぱりちょっと幼いけれど。 幼かろうが背が高かろうが、目の前にいるのは正真正銘の男。 暗がりで分かんなかったけど、実はボーイッシュな女の子でしたってオチは無かった。 いや女の子ならさすがに声で分かるか。 また溜め息を吐く。 本当、偶然家の近くで美形の男を拾って家に泊める、もしくはそのまま同居する羽目になる、なんてマンガや小説の中だけだと思っていた。 連れて来たものの、どうしよう? 寝かせる事しか考えてなかったけど、お風呂とかその他諸々の問題は頭になかった。 あれこれ悩んだ結果、当初の通り寝かせるだけにした。 お風呂使ってもらうのは別にいいけど着替えとかないし。 逆にわたしがはいるのはどうだ? よく知らない男がいる部屋で真っ裸になるっていうのはちょっと抵抗がある。 それに目を離した隙に貴重品盗まれたりするかも。 チラリと高校生を見ると、珍しそうに部屋の中をきょろきょろと見回していた。 落ち着かないのかそわそわしてる。 アホっぽい。いやわたしを油断させようとわざとそういう態度を取って、いるんじゃなくて本当にアホっぽい。 大丈夫な気がしていたな。うん。お風呂入ろう。 居酒屋でついたタバコの匂いも気になるし。 彼にテレビ観ててもいいから大人しくしてるように、と言い残してさっさと洗面所に行った。 お風呂から上がってくると、彼はベッドにもたれかかってリラックスした状態でテレビを見てた。 さり気無く財布やら貴重品の確認をしたけど問題なし。 風呂場に乱入される事もなかったし、この子って善良な子だな。 そのあと、何となく二人共眠れず流れで彼の身の上話を聞いた。 これがまた物語の人物設定によくありそうな複雑な家庭で。 彼、廿六木(とどろき)くんは長いこと父子家庭だったんだけど、この度めでたく父親が再婚し新しいお母さんが出来た。 ところがその継母との折り合いが悪く、更には継母が子を授かったことで家での居場所がない状態になってしまったらしい。 「あんのババア、めっちゃ性格悪すぎ!」 「うん、お義母さんにも言い分はありそうだけど、それにしても……」 テーブルに上体をだらしなく預けて、継母の文句を並べる彼を眺めた。 どうして廿六木くんはこんなに酔っぱらってるんだ。 渡した飲み物はちゃんとノンアルコールだったはずなのに。 ノンアルコールカクテルって要するにソフトドリンクと同じのはず。 ソフトドリンクってジュースだよね。ジュースで普通酔えないよね。 なのに何で彼はヤケ酒のノリになっているのか。 まあ、面白いからいいけど。 「おれだってねぇ、最初は上手くやろうって仲良くなれるように努力してたんですよ、なのにあの女、おれのやる事言う事全部に文句つけなきゃ気が済まないんです……。それだって我慢しようとして、なのに、この気持ち分かる!?」 「ほんのちょっとなら。んで、お義母さんと君の不仲についてお父さんは何も言わないの?」 「あいつは何も知らないんだ。あの女の本性も気付いてねぇ、馬鹿エロ親父めぇ」 「そうか、君のお父さんはエロいのか」 ぐび、と梅酒を呑む。わたしのはアルコール入りだ。 「千吉良(ちきら)さぁん」 「はいはい」 「おれ、千吉良さんがいいです、もうあの家帰りたくない、ここ住みたい」 「こらこら」 「だめですかぁ……?」 「当たり前、明日の朝一番に追い出すに決まってんでしょ」 「いやだー」 そんな調子であれやこれやと聞き出しているうちに夜も更けて、どんどん呂律が回らなくなっていった廿六木くんはついにテーブルに突っ伏して寝てしまった。 「だらしない顔」 口を開けて無防備に眠る姿はやっぱり幼い。 このまま寝かせたらきっと身体がバキバキになるだろうけど、かといってテーブルを退かして布団を引いてあげるような優しさをわたしは持っていなかった。 毛布を肩に掛けてあげただけで満足して、電気を消して自分はちゃんとベッドに潜り込んだ。 見ず知らずの男の子を家に上げるなんて非常識な事、怖くなかったと言えば嘘になる。 自分で家に招き入れたんだから何があっても自業自得過ぎて、被害者面なんてできやしない。 だから本当のお酒を出して酔い潰してしまおうかとも思ったけど、未成年相手だからそれもどうかと踏みとどまり。 結果よく分からんが、勝手に彼が落ちてくれて助かった。 そもそも、女とはいえ見ず知らずの人にどうこうしようなんて思いつきもしてないのかもしれない。 お義母さん、この子は純情な良い子だとわたしは思います。 何はともあれ、わたしも寝てしまおう。 前 | 次 戻 |