1.子犬を拾った



 憧れっていうのは、自分の理想とするものに思いを馳せる事であり、その対象が人であれば自分もそうなりたいと目指す指標となり、事象であればないもの強請りになる。
 憧れに近づくために努力を惜しまない人も多いだろう。

 しかし追いついてしまってはそれはもう憧れではなくなる。つまり手の届かないものという事だ。

 自分の身に起こりえないものである事、それが条件。
 そんな事態がわたしに起こってしまったのは、早い話がこういった状況をわたしが憧れとして認識していなかったからなのだろうか。

 女の子ならもしかしたら一度は、こんな風になったらいいのに、なんて可愛らしく思ったりするものかもしれない。

 実際にこういう展開の本を読んだ記憶があるし、フィクションとしてはありきたりな気がする。

 大学のゼミの飲み会の帰り、ほろ酔いで判断能力が鈍っていたのか、いつもとは違うちょっと近道だけど細くて街灯もないような所を何となく選んでしまった。

 変質者になんて出くわさないだろうが、止めとけばよかったと少し後悔し始めたとき。
 数歩先に人の足が投げ出されているのが見えて心臓が変に跳ねた。

 息を吸い込み、悲鳴の手前のような声が出る。
 立ち止まって恐る恐る見やると、男の人が壁にもたれかかっていた。
 意識がないのか動こうとしない。

 酔っ払い?

 放っておけば良かったのに、好奇心に負けて覗き込んでしまったのがいけなかった。
 ばっちりと目が合った。

 起きていたし、意識もはっきりとしている顔つきだ。
 その方が余計怪しい。一体真夜中にこんな所に座り込んで何をやっているのかと。

 相手があまりにジッと見てくるせいで目を逸らすタイミングを逃した。

「……あの、大丈夫ですか?」

 こう聞かざるをえない。ここで何も言わず立ち去れるほど精神的に強くなかった。

「だ、大丈夫じゃ、ないです」
「えー」

 まぁそうだろうけど。予想以上に弱々しい返事にちょっと心配になる。

「怪我してるの? 歩けない?」
「ケガ……心に、大きな傷が……」

 何コイツ、めんどくさい匂いがプンプンする。
 すっと半目になったわたしに相手は狼狽えた。

「ちが、あの、ほんとに。行く宛てなくてちょっと、路頭に迷って」

 路頭に、と繰り返してしまった。
 コクコクと頷く男の前にしゃがむ。

「家は」
「追い出された」
「友達んち」
「この時間に邪魔するのは……」
「ネカフェ」
「あの、おれ、未成年」
「はぁ!?」

 慌てて口を押えた。こんな時間に大きな声出したら近所迷惑だ。
 でもコイツが変な事言うから。
 ネカフェに夜中入れない未成年って、高校生って事じゃない。

 暗くて顔がよく見えないっていうのもあるし、学生向けのマンションが多い場所だから端から大学生だと決めつけていた。

 めんどうくさいな。
 これって交番にでも連行した方がいいのか?

「お巡りさんとこ行ったら、一晩くらい泊めてくれるんじゃないの」
「補導歴とかついたら、ど、どうしよう?」
「知らんわ」

 がく、と最初見たときと同じように項垂れてしまった。
 なるほど、あれはこういう状態だったわけね。
 もしかしてこの子はわたしがこのまま帰ったら、ここで朝を迎えるんじゃないだろうか。

「ちなみに何時間くらいこうしてるの」
「家出たのは、8時くらい」
「3時間は経ってますけど!? すぐ友達んとこ行けよ」
「……実は断られて」
「薄情だなー」

 いや高校生なら実家だろうし、そんなもんか?
 なんだか段々と可哀そうになってきた。
 喋った感じ、悪い子には思えないし。
 何して家追い出されたのか知らないけど。

「わたしが一緒に家、行ったげようか?」
「だ、ダメ! 帰れない、から!」

 もの凄い勢いで横に首を降って拒絶され、それでも強引に連れ帰ろうという気になれなかった。
 何か事情があるんだろう。3時間経っても家の方から帰って来いとも連絡が入って無い所を見ると、余計にそう思う。
 多分わたしはこの時、彼から欠片も教えてもらっていないにもかかわらず、家庭の事情と言うものが垣間見えた気がして一方的に同情したんだろう。

「じゃあわたしの家に来る?」

 なんて非常識な事を言ってしまうくらいには。
 男の子は今度は縦に何度も首を降った。





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