▼page.3 「いやーなんて言うかね、今回侑ちゃんが家出したのでお父さんもちょっと干渉しすぎたかなぁって反省したわけです」 「え!?」 「巧にも散々怒られたし……」 「当然だ」 遠い目をした父親に、それはもう悪口雑言の限りを尽くされたのだろうと想像する。 気持ちは巧への感謝半分、父親への謝罪半分だ。 巧を見ると、ふいと目を逸らされてしまったが「ありがとう」と伝える。 「それでね、子離れしなきゃいけない時期に来てしまったなと思う今日この頃、お父さんはもう二人の行動にとやかく言うのをやめます、極力」 「そらすごい進歩だな。極力ってのが気になるけど」 「心配じゃないわけじゃない。ウザがられても関わり合おうとして何が悪い、それだけ愛してるって事じゃないか! とまだ思わないでもない」 ふらふらと、子ども達の行動は不安定で危なげで、見ていられなくてついつい手を出してしまう。 親が一つ干渉すれば、子どもには十の重荷になる事もあると分かっていても。 片親だという負い目も手伝って、人一倍幸せになってもらいたくて取った行動でも、これではいけないのだ。 「それにね、相手の反応を怖がるあまり本心を隠して距離を取っていては虚しいばかりだ。自分の思いは言葉にして行動に出なきゃ伝わらないよ」 侑莉が頑ななまでに人を好きになろうとしないし好意を持ってもすぐに逃げようとする、その元凶を作ってしまったのは、紛れも無く己だった。 まだ幼かった侑莉に失う事の恐ろしさを植えつけた。 だからこそ、それは違うのだと教えたくて必要以上に世話を焼く。 余計なお世話だと鬱陶しく思われているとは解っていても、やめられない。 「お母さんが死んだとき、正直もう生きていたくないってほど辛かったけれどね。それでもまた笑って生きていこうって思えるようになったのは、お母さんとの思い出とお母さんが遺してくれた君等がいてくれたからだよ」 覚えておいて欲しい。 愛してさえいなければ、こんな悲しみに暮れる事などなかったのだと、馬鹿げた後悔は一度たりともしてはないと。 母親にそっくりな顔をした姉弟に、父親は笑いかけた。 失う事を恐れて人を愛さないのは間違いだと父は言う。ならば 「もし、想いがぶつかったら。私が誰かを好きになってしまったばっかりに、他の人が傷つくって分かってたら、どうしたらいいの……?」 声を震わせる侑莉に、巧は眉を寄せた。 姉が思い詰めている原因に思い当たる節があった。 家に帰ってきて以降、一度も口にしない一夏の同居人の話。 不遜な態度で優しさの欠片も見せない、それでも赤の他人のはずの侑莉をずっと家に住まわせていたあの男に関わる事だろう。 「悩む必要はないね。その好きな人から侑莉が自分の意思で離れるんだったら、もうそこでお終いだ」 侑莉は目を伏せた。お終い。 侑莉があのマンションを出た時点で凌とを結ぶ糸はぷつりと切れていたのだ。 解っていたはずだったのに、人からその事実を突きつけられて今更どうして心が痛むのか。 「その人の隣に自分以外の誰かがいるのを想像して、我慢が出来る程度なら諦められるだろう」 誰かが当然のように凌の隣にいて、あの部屋に、侑莉がいたあの場所に。 侑莉が独り占めしていた凌のさり気ない優しさだったり、子どもっぽい寝顔だったり、あそこにあるもの全てが他の誰かのものになってしまう。 前 | 次 戻 |