▼page.1 侑莉が家に帰ってくると、玄関に巧が立っていた。 だがそれは侑莉を待っていたからではなく、ホールに設置されてある固定電話で通話をしていたからだ。 ガチャリと粗野に受話器を戻し「おかえり」と素っ気無く言う。 「ただいま。電話? 珍しいね」 「振り込め詐欺」 「え!?」 靴を脱ぎかけた体勢のまま巧を見た。 彼は何でもないようにスタスタとリビングへ消えてゆく。 大慌てで侑莉も後を追った。 「ね、詐欺って大丈夫なの!? 警察とか……」 「詐欺だって気付いて無視ったんだから問題ない。ほっときゃいい」 「そういうものかなぁ」 渋るも巧は取り合わなかった。 巧に絶対の信頼を置いている侑莉も自身を納得させてそれ以上問う事はしない。 彼女に危機感が足りないというのもあるのだが。 すぐに晩ご飯は何にしようかと思考を変換した侑莉はキッチンに立っている人に漸く気付いた。 侑莉や巧よりも高い位置にある鮮やかな金髪。耳から覗くのは色取り取りのピアス。 派手な外見に、それが見合う整った顔立ちの青年。安部千春だった。 相手も侑莉の方を振り向いて微笑んだ。 「お帰り侑莉ちゃん」 「春くん来てたんだ。で、何してるの?」 「巧がお腹空いたって言うから」 侑莉が帰って来るまでに簡単なものでも作ろうとしていたと言う。 それを聞いて一気に難色を示す侑莉から巧が目を逸らした。 じとりとした視線を向けられてもそ知らぬ顔だ。 「どうしてお客さんにやらせてるのよ巧!」 「俺が何か作れるとでも思ってんのか」 「そういう事を言ってるんじゃないでしょ」 謝りながら千春をキッチンから退かす。 気にしてないよ、と笑顔で応対されては余計に申し訳なさが膨らむ。 接待されるべき客であるはずの千春が当たり前のように巧の飯を作ろうとするのがそもそもおかしい。 昔から彼はこの姉弟に甘すぎる。 それはとても心地よくて浸っていたいと思うけれど、侑莉は昔にその権利を自分の意思で捨てたのだ。 「春くん来るの本当久しぶりだよね」 「一応寮生だから」 「そうそう! 寮の話、一回聞いてみたかったんだ」 巧と千春が通っている水無瀬第一高校と侑莉が卒業した水無瀬第二 高校は兄弟校。 けれど第一高校は中等部からある男子校で、しかも敷地内に寮が設置されているという。 高校からの共学、全員が家からの通学という一般的な第二高校とは様が全然違い、一体どんな処なのかと謎に包まれているイメージがあった。 実際には何の事はない、ただの学校だと巧に言われたが、それでも気になる。 「寮? 男ばっかでムサいよ」 「学校中どこでもだろ」 「どこからこれだけかき集めてきたんだろうってたまに思うよね」 「……うん、男子校だからね。私そういうのが聞きたかったんじゃないんだけど」 まあいいか。特に言う事が見当たらないというのは、変わったところが無いからなのだろう。 想像がつかないのはそのままなのだが、無理矢理自分を納得させた。 「今日は家帰るんだ?」 「ううん、ここに遊びに来ただけ。もうすぐ文化祭だから侑ちゃん誘いに」 紅茶とお菓子をテーブルに置いていた侑莉は驚いて動きを止める。 ぱちぱちと瞬きを繰り返した。 予想外な返答に、しばらく理解するのに時間がかかった。 「え……行ってもいいの!?」 千春は笑顔で頷き、巧は横を向いたまま。 去年は行きたくても行けなかった。巧が猛烈に拒否したからだ。 絶対に来るなと何度も何度も念押しされて渋々引き下がった。 どうやら後から聞いた話ではクラスの出し物で女装をさせられて、それを見られたくなかったかららしい。 その話題について巧が語る事は一度もなかった。余程苦い思い出になっているのだろう。 あまりに拒絶するので侑莉からもその話題は未だに出せないでいた。 「今年は何するの?」 「たこ焼き」 「あ、普通だ」 「普通のまま終わればいいけどな……」 含みを持たせた巧が、若干げんなりしているように見えたのは気のせいではない。 何だろうと思うも、多分侑莉が聞いても理解できない事情に違いないと聞き流す。 「わー楽しみ。皐月達も連れてってい?」 「好きなように」 「でも侑莉ちゃん、俺が誘ったんだから俺にも付き合ってね」 「うん勿論」 千春に頷く。皐月と静矢なら二人で放っておいても何ら問題ない。 それどころかずっと侑莉がくっついていたら邪魔になってしまう。 埋まった半月後の予定が侑莉は楽しみで仕方なかった。 前 | 次 戻 |