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 オープンカフェの隅の席、からからと氷がグラスに当たる音を侑莉は聞いていた。

 とっくに飲み終えたジュースの底に溜まった氷をストローで刺したり回したりと遊んでいる。
 それは暇だからというより、意識的に自分の気を逸らそうとしての行動だ。

 右へ左へと視線を彷徨わせる。

 彼女の前には額に手を当てたまま俯いている皐月と、そんな皐月を慰めるように背中をやんわりと撫でている静矢がいる。

 二人とも高校からの侑莉の友達で、腹を割って話をするなら一番に顔が浮かぶくらいに仲が良い。

 だから夏休みに侑莉が家出をしていた時、父親の目を欺く為に口裏を合わせてほしいと巧が頼んだのも皐月だった。

 詳しくは侑莉が戻ってきてから本人に訊いてくれと言われ、大人しく約二ヶ月間我慢していた皐月だったが内心気が気ではなかった。

 携帯電話も通じず連絡の取りようも無い。
 巧が平然としているのだから心配ないと静矢に慰められても心配なものは心配だ。

 九月の終りに漸く連絡が入り、根掘り葉掘り問いただせば、この子は何をやっているんだと頭痛がしそうな内容。

 だが静矢は至って冷静で、皐月を宥めながら「要するに」と話を纏めた。
 苦渋を見せる皐月とは正反対の、爽やかな笑みをたたえながら。

「見ず知らずの男の家に上がりこんで、弱ったところをつけ込まれて美味しくいただかれちゃったって事だよね」
「侑莉! あんた……」
「違うよ! 優しくされて好きになっちゃったの! 君国くん変に皐月を刺激しないで」
「ごめん、憔悴してる皐月も可愛いなぁと思って」

 悪気などこれっぽっちもないのだろう。謝りながらも笑っている静矢。
 
 いつだって皐月の事しか考えていないのは、それこそ高校のときからなので今更文句は言わないが、侑莉をネタにするのはやめてもらいたい。

「それで?」

 若干疲れた表情の皐月に、侑莉は「ん?」と訊き返した。

「侑莉はそれで良かったんだ?」

 氷をかき回す手を止めた。
 さようならも告げず逃げるように帰ってきた事。

 だってあれ以上あそこに居られなかったから。
 面と向かって別れを切り出す事なんて出来るはずがなかったから。

 凌といれば縋ってしまうし、彼がそれを甘受すると知っている。
 ぐずぐずとあの関係に甘んじて後戻りできないところまで行ってしまう。

 そうすればまた同じ思いをする日が来るのだ。

 そんな事になるくらいならここで止まっている方がいい。二度と繰り返したくない。

「皐月もだけど宮西さんって真面目だよね。だから難しく考え過ぎる」

 さすが親友。くすりと静矢が笑った。

「俺は今のままでも宮西さんが後悔しないなら良いと思うよ」
「する……と思うきっと。でももう会わないって決めたから」

 今でさえ、会いたい声が聞きたいと思ってしまう。

 覚えてしまった凌の携帯電話の番号に今なら掛けられる。だがそれでは、多数の女性達と同じだ。

 何人もの繋がりを侑莉は切り捨てたのに、自分がしていいはずがない。

「またそうやって逃げて終わらせる。侑莉は自分が傷つきたくないから、代わりに相手を傷つけてるんだって解ってる? それってすごく卑怯だ」

 曲がった事が大嫌いな皐月は、真っ直ぐに正論を突き刺す。

 当たっているからこそ痛い事実。凌が傷ついたかは定かではない。
 彼の性格からして想像し難かったが、一緒に暮らしてもいいと言ってくれた優しさを踏みにじったのは確かだ。

 怒っているだろうか。それとももう侑莉のことなんて忘れてしまっただろうか。
 どうでもいいと思われているような気がした。

 そしていつも、自分の想像で勝手に傷つき、より臆病になるのだ。

「ややこしく考えすぎだよ。俺と足して二で割ったら丁度いいくらい?」
「……好き放題行動してる自覚はあったんだ」

 目を丸くする皐月と静矢のやり取りに、少しばかり気持ちが浮上した。
 二人のような関係になりたいと思わないわけじゃない。

 けれど失う恐怖も、相手を悲しませるのだという事も知っている侑莉には、その一歩を踏み出す勇気がどうしても無かった。




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