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 朝ご飯の支度を終えた侑莉は壁にかかった時計で時間を確認して、リビングの隣にある凌の部屋へと入った。

 初めこそ躊躇いを見せたものの、一週間も続けばノックもせずにドアを開けることに抵抗は無くなっている。

「香坂さん起きてくださいよ」

 こうやって、ベッドの中で横向きになって眠っている陵の肩を二、三度揺すって起こす事が侑莉の日課になりつつあった。

 目を覚ました凌が思い切り眉を寄せながら身体を起こすのを見てクスリと笑いながら侑莉は先に部屋を出る。

 凌の部屋には目覚まし時計というものが存在していない。

 いや、正確に言うと時計自体はあるのだが、盆を過ぎたあたりから目覚ましとしての機能が壊れてしまって使い物にならないのだ。

 だから携帯電話のアラームを使っていたらしい。

 その携帯電話も今は侑莉に渡してしまっていて、時間通りに起きる手段がなくなった凌は侑莉にその役目を託した。

 毎朝起こせ、そんな風にぶっきら棒に言われた。

「ケータイ返しますよ」
「いらん」
「そんな、でも困らないですか……?」
「じゃあ侑莉も一緒に俺の部屋で寝るか」
「そういう事を言ってるんじゃないんですけど」

 仕事で必要になる事もあるだろう。
 それを気にしての発言だった。

 そんなやり取りを何度も繰り返した後に、先に諦めた侑莉はここに暮らし始めて一ヶ月以上経って初めて凌の部屋に入ったのだった。

 想像した通り、リビングと変わらず余計なものが一切置かれていないシンプルな部屋は、思ったよりも居心地は悪くないと思えたのは侑莉の心境の変化のお蔭だろう。

 キッチンやリビングといった共有スペースと寝室ではやはり、要する勇気に随分と違いがある。

 以前の侑莉なら絶対に入らないと拒否しただろう。
 どんなに強要されても、ここに踏み入る事など考えられない。

 凌に苦手意識を持っていたし、自分の気持ちに気付いてからは、凌にこれ以上近づくのが怖かったから。

 だけど、今まさにその部屋に自由に行き来している自分が不思議ではないと言えば嘘になる。
 存在を受け入れてもらえるなど思ってもみなかった。

「おはようございます」
「んー」

 眠そうに欠伸をしながら着替えた凌が部屋から出てきた。
 コーヒーを注いで凌の前に置くとその腕を掴まれ、確かめるように握られた。




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