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「ゆ、侑莉ちゃん汚い! 床汚いまみれだよ!」

 侑莉の奇怪な行動に混乱したのか、とにかく顔を上げさせようと言った言葉は日本語としておかしい。

「オーナー、侑莉さんも何やってんだよ」
「頼くんどうしよう、侑莉ちゃんご乱心遊ばされたー!」
「えぇ!?」

 侑莉の状態を見て確かにこれは変だと思った頼は、名前を呼びながら肩を揺さぶってみたが一向には動こうとしなかった。

 それから暫く二人掛りで宥めすかした成果か、侑莉が冷静になったからか「すみません……」とゆっくり顔を上げた。

「ボクらに言い難い事なら希海ちゃんとかさ、誰でもいいから相談してよ?」
「本当にすみません……」

 さっきの自分の行動の異常さに気が付けば恥ずかしさと二人への申し訳なさでいっぱいになってくる。

 熱い頬を手で挟みながら息を吐いた。

「特に何があったわけじゃないんです。ただ今日の朝いきなり香坂さんの雰囲気が違ってて……柔らかいというか優しいような」
「それって喜ばしい事じゃないの。あんなに悩む事?」

 普段大人しいだけに、あの取り乱しようは何かに憑かれたんじゃないかと思うほどだった。

 それに、以前押し倒されてしまいましたとあっけらかんと話していたのに、優しいと言ってこの沈みよう。

「新ちゃん情報から彼が人格破綻者だっていう裏は取れてるんだよ! そんな人が態度を改めたんなら万々歳じゃない!」

 実は、凌が新岳と話している所を見た事があると頼から聞いていたオーナーは、知り合いらしい新岳に凌がどんな人物なのか教えてもらっていた。

 侑莉は大丈夫だとずっと言い続けてきたが、やはり心配だったのだ。

 新岳が語った内容から凌の人となりを知って、むしろ落ち込んでしまったオーナーに新岳は「女には困らない奴だから、無理に手を出したりしないって」とフォローをしたのだが、全く安心材料にはならなかった。

「香坂さんはちょっと怖い時もありますけど、私の我が侭聞いてくれてるし人格が破綻してるなんて事ないです。だから……だから今までのままが良かったんです」

 凌のきつい口調も瞳も、緊張することはあっても辛いとは思わなかった。

 一夏だけ居候させてもらって終わり。たったそれだけの繋がりしかない人だから、このくらいの距離感がちょうど良い。

 優しくされたいなんて望んでいない。むしろ戸惑ってしまう。

「もしかして侑莉さんってマゾあいてっ!」

 頼が何も考えずポロリと零した言葉にオーナーが素早く反応して思い切り頭を叩く。
 そんなやり取りを見て侑莉はクスリと笑った。

 自分で自分の言っている事がそう取られてもおかしくないと自覚している。
 実際のところ、打たれ強い方ではないのだが、今回ばかりは別なのだ。

「あ! 希海ちゃんだ!」

 何気なく外を見ると、とぼとぼと歩いて帰ってきた希海が目に入った。
 歩き方がすでに疲れている事を示すように元気がない。



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