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 侑莉がマンションに帰ってくると玄関に見たことのある靴が置いてあるのが目に入って「あ」と小さく呟いた。

 まさかまだ明るいこの時間帯に帰ってきているなんて思わなかった。
 途中で寄ったスーパーの袋を握る手に力が入るのを感じて、どうしてと自問する。

 どうして私はこんなに緊張してるんだろう。
 私はあの人の何がこんなに怖いんだろう。

 そろそろと足音を極力たてないように歩いて、ゆっくりリビングのドアを開けた。
 まるで帰ってきた事を悟られたく無いように。

 不法侵入をしているわけではないのだから、そんな事をする必要などないと分かっているけれど、出来れば自室のほうにいて顔を合わせないでいたかった。

「ああ? 知るかボケ。そんな下らん事で俺の安眠を妨げるな、死ね」

 ソファに座っていた凌が携帯電話を傍にあるクッションに投げつけたのと、侑莉がリビングに入ってきたのとが同時。

 あらん限りの暴言が一瞬自分に対して言われたのかと目をパチクリとさせたのだが、クッションから床にゴトリと落ちた携帯電話に気付いてホッとする。

「お帰りなさい、香坂さん」
「今帰ってきたのはお前」
「ええ、まぁ……そうなんですけど」

 久しぶりに凌が帰ってきたような気がしたから言ったのだが確かにその通りだ。
 私が何か喋るとこの人を呆れさせてしまうらしい。
 そう思うとこれ以上話しかけられなくて、スーパーで買ってきた食材を黙って冷蔵庫にしまい始めた。
 自分のものではないはずの冷蔵庫に、侑莉が買って来たものばかりが並んでいる。
 それがとても変な気分だった。

「晩ご飯は何だ?」
「わぁぁっ!」

 ソファにいたはずの凌がいつの間にか後ろに来ていた事に気がつかず驚いて、カツン、と音を立てて手にしていたヨーグルトのカップを床に落とした。

「ああぁ!!」
「お前……」
「ご、ごめ――」

 カップが割れていない事を確認してから、ハッと気付いたように振り返りざま謝りかけて口を閉ざした。
 いや、閉ざされた。
 ポカリと頭を叩かれてしまったのだ。

「いた……」
「俺を誘ってんのか?」
「へ? いいえ滅相もない!」

 勢いよく首と手を振って急いで後退りする。
 一週間前、鬱陶しいから簡単に謝るなと言われたのだ。犯すぞという脅し付きで。
 侑莉はすっかりと忘れていたが、どうやら凌は覚えていたらしい。



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