▼page.3 朝、リビングに行くと飲み終わって空になったコーヒーカップが置いてあったり、洗濯機が回っていたりするから、ああ自分が寝た後に帰ってきて起きる前に出て行ったのだなと推測するだけ。 侑莉が寝る前からクーラーのリモコンの位置も何も変わってない日もあるから、毎日帰ってきているわけではないのかもしれない。 「うーん……彼女さんの家に泊めてもらってるのかなぁ」 ユニフォームを脱いでロッカーにしまいながらのんびりと言ったが、それはオーナーが驚くには十分な内容だった。 「家主さん彼女いるの!? なのに侑莉ちゃん居候してて大丈夫!?」 「いえ直接香坂さんに聞いてはいないんですけど女性用のシャンプーとか置いてあったから多分、けどどうなんでしょう」 「き、聞いた方がいいんじゃないかな」 「ですよね。でもタイミングが……。それにじゃあ出て行けって言われたらちょっと怖いです」 「その時はこの上に居候すればいいよ」 この建物自体がオーナーの持ち物らしいと希海が以前に言っていたのを思い出した。 だが賃貸マンションであろう一室をこうも簡単に使っていいなどと普通言えるだろうか。 「あの、いえ、私お金とか……」 「僕の奥さんって超がつくくらいのお金持ちでね、マンションもコンビニの経営も暇つぶしにやったら? 程度なのよ。だから全然そういうの気にしないでもらえるといいな」 そう言ったオーナーの笑顔は、先ほど希海と話していて感じた温かさそのものだった。 侑莉に、頼ってもいいのだと安堵させる大人の顔だ。 父親よりは幾らか若いが、それでも兄というには歳が離れすぎている、紛れもない大人。 みんなが雇い主のはずのオーナーに向かって冗談で憎まれ口を叩いたりしているのは、彼が自分よりも一回りも二回りも年下の子たちと同じ目線で話して隔てがないからだ。 でも大人としての包容力からくる絶対的な信頼も寄せられている。 「ありがとうございます」 「うん、考えといてね」 念を押すオーナーに侑莉は無言のまま笑顔で返した。 肯定とも否定ともとれない曖昧なものだった。 そのまま、お疲れ様でしたとバックルームを出ていく侑莉を見送って、オーナーは一人うーんと首を捻るしかない。 「さて、どうしたもんかなぁ」 思っていた以上に侑莉は頑なだった。 オーナーにしたように頼や希海にも「お疲れ様」と声を掛けると、希海が少し躊躇うように目を伏せてからもう一度侑莉の方を向いて言った。 「侑莉さんの今日の晩御飯って何?」 「え? んーまだ考えてないけどサッパリしたものがいいかなぁ」 「そっか。ありがと」 どうしていきなりそんな事を聞くのかと思ったが、お疲れ様と話を切られてしまい、まあ大した事でもないかと侑莉もそれ以上は何も言わなかった。 前 | 次 戻 |