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「意外だな」

 すみません、本当に簡単なもので……、とテーブルの上に置かれたパスタを口に入れた凌が心底驚いたように言った。

 最初からどこか抜けているというか、ドジな奴だと思っていたから料理もそんなには上手くないだろうと考えていたのだ。
 だが予想に反して見た目も味も好い。

「どうしてかよく言われます」
「どうしてなんだろうな」

 自分をもっと見直したほうがいいんじゃないか。という言葉をパスタと一緒に飲み込んで黙々と食べ続けた。

 料理は得意な方だからそれほど心配していたわけではないが、それでも速いスピードで口に運んでくれるのが美味しいと言われている様で嬉しい。

「なんだ気持ち悪い」

 凌の食べる様子を見て笑ってしまった侑莉に気付いて思い切り眉間に皺を寄せる。

「い、いえ。すみま――」

 口を開けたまま侑莉はピタリと止まった。
 凌がフォークを顔の前に持ってきたからだ。

「『すみません』って言うな。鬱陶しい」
「え? あ、す……はい」
「今度言ったら犯す」
「絶対言いません!」

 背筋をピンと伸ばして早口で誓ったのに満足して、また食べ始める。
 会話の半分は謝られている気がした。
 別にこっちは何も思ってないというのに、こうもポンポンと謝罪されると自分が理不尽に責めているみたいで気に食わない。

 顔を強張らせてパスタをフォークに絡めていく侑莉を見て、そんなに気をつけてないといけないのかと呆れた。
 先に食べ終えた凌は立ち上がり、バスルームに消えていった。

 その後姿を見送って侑莉は息を吐いた。
 彼と一緒にいると何故か緊張する。

 だから些細な事で謝罪が口から出てしまう。
 まだ半分以上も皿の上に残っているパスタを暫く眺めていたがカチャリとフォークを置き、きっちりと食べきっている凌の分も手にとって流しに持っていった。


 シャワーを終えれば幾らか眠りも遠退き、サッパリとした気分で凌はリビングに戻ってきた。
 するとテーブルを拭いていた侑莉が顔を上げてニコリと笑う。


 ここは本当に自宅だったかと疑いたくなった。
 考えてみれば素性も知らない女と同居なんてどうかしている。
 家賃や生活費等も取らないと確か言ったはず。
 いくら仕事詰めで思考が鈍っていたからといって、この状況はなんだろう。

 コイツも疑問に思わないのか。
 見ず知らずの男と暮らすという事に。

 いつ襲われても文句は言えない自分の立場を理解してないとしか思えない。

「お前って高校生じゃないよな?」
「はい、大学の一回生です」
「ふーん」

 自己責任が取れて当たり前の歳だ。
 ここで無理やり押し倒されても文句は言えまい。それとも……

『その子期待してるんじゃねぇの?』

「こ、香坂……さん?」

 そっと手を伸ばして侑莉の頬に触れる。唇を撫でると侑莉の体がビクリと震えた。
 大きく見開かれた瞳はありありと驚きを表している。

「んなわけないか。寝る」

 凌は手を離して、そのまま自分の頭を乱暴にくしゃりと撫でて欠伸をしながら寝室に向かった。

「あ、お、おやすみなさい……」

 不可解な行動をとった凌を半ば呆然と眺めて、侑莉はその場に立ち尽くした。





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