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「こ、香坂さん?」
「あ……居候」
「……侑莉です。お久しぶりです」

 名前を覚えられていなかったらしいと悟った侑莉は曖昧に笑って名乗った。

「今日は早いんですね。もしかして夕食を買いに?」
「ああ、まあ」
「簡単なものでよければ家に帰って作りましょうか?」

 遠慮がちに問われ、口に入れば何でもいいし、食費が浮くなと思い凌は頷いた。

 そんな凌に「じゃあ帰りましょう」と笑う侑莉。
 彼女は小さなバッグを一つ持っているだけで、何も買った形跡が無い。

「お前……、お疲れとか言ってたけど」
「はい。あそこでバイト始めたんです」
「どんだけここにいるつもりなんだよ」
「え、いや、一応オーナーは事情も分かってくれてますし。短期です!」
「しかもわざわざあの店」

 凌が難しい顔をするが、その理由は侑莉には分からない。


 直ぐに着いたマンションの下で、入り口から出てきた男の子がペコリとお辞儀をしたのに対し、侑莉も慌てて頭を下げた。

 高校生くらいで、無表情だったけれど顔の整った子だった。
 その子の後姿を見送った後、隣にいる凌を見やって侑莉は首を捻った。

「初めてここに来た時一緒にエレベーターに乗った子といい、さっきの子といい香坂さんも。このマンションの住人って美形ばっかり?」
「ここ入居する前に顔の審査されんだ」
「ホントですか!?」
「……アホ。嘘に決まってるだろ」

 まさか本気に取られるとは思わなかった凌は驚いている侑莉に呆れる。

「で、ですよね……。びっくりした」

初めて出会った時の行動といい、どうやらコイツの思考回路はちょっと普通とは違っているらしい。


 部屋に入って着替え、リビングに戻ってくるとすでに侑莉は食事の支度をしていた。

「すみません、もう少しかかりますから待っててください」

 意外にも手際よく手を動かしながらそう言われ、ソファに座りテレビを点ける。
 だが、この部屋で自分以外がキッチンに立ち料理をしているという事は初めてで、何となく珍しく思えて侑莉の後姿を眺めていた。


 よし出来た、と凌がいるソファの方を見ると、彼の姿が無かった。
 寝室に行ったのだろうかと近づくと、弾力のあるソファに身を沈めて穏やかに寝入っている。
 余程疲れていたのだろうと、侑莉は自分の与えられた部屋からタオルケットを取ってきて凌に掛けた。

 閉じられた瞳は彼の睫毛の長さを強調させ、鼻筋の通った整っている顔をまじまじと見つめてしまう。
 いつもはきつい印象を受ける眼も今は瞼に隠され、寝息を立てている顔はどこかあどけなさがあって、侑莉はクスリと笑った。

 もう少し寝かせてあげよう。
 料理は後で温め直せばいい。
 テレビを消して立ち上がる。

「……メシ」
「わ、起こしちゃいましたか……」
「いや、腹減って起きた」

 眉間に皺を寄せて、まだ眠たげに髪をかきあげる。
 寝転んだまま、深く息を吸い込むと嗅ぎ慣れない香りが鼻をついた。
 食べ物の匂いとはまた違う。
 部屋に充満しているのではなく、ふわりと漂ってくるような、微かな香り。

 起き上がると、体の上にあったタオルケットがズルリと落ちた。
 それはいつも自分が使っているものではなかった。
 持ち上げて顔に近づけると、このタオルケットが香りの原因だと悟る。

「これ」
「ああ、香坂さんの部屋に勝手に入るのは悪いかなぁと思ったので私が使わせてもらってるのを持ってきました」

「……甘い」
「え? 何がですか?」

何でもない、と大きく伸びをして凌はキッチンに向かった。




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