▼page.3 「背筋伸ばして、足の軸がぶれてる!」 ソレスタさんの一喝に崩れそうになった体勢をなんとか持ち直した。 しごくと言っていた通り、ソレスタさんはとても厳しい。 まるでド素人の私の初日からこれ、ちょっとおかしくない? って抗議してもいいレベルだ。 私に体力があるのを良い事に、初っ端からガンガンと型を叩き込んでくる。 こういうスパルタ久しぶりだわ。部活をしていたときは日常だったからそこまで苦ではないんだけど。 ダメ出しされればされるほど、くそう今度こそ! って挑んでしまう負けず嫌いの私の性格のせいで余計に練習が厳しくなる。 ちょっとのことでへこたれてる場合じゃないから、その方が良かったんだろう。 「じゃあ、覚えた所をざっと一度通しでやってみたら休憩しましょうか」 「ラジャ!」 らじゃ? なに? と首を傾げる賢者を無視して頭の中でリズムをとる。 背筋を伸ばして身体の重心をかける場所を固定する。 そんなに激しい動きはないんだけど、くるくると回転する箇所が多いから、軸がぶれると転倒してしまうのだ。 実は小学生のころフィギアスケートをかじっていた事があったりして、その辺はすんなりとクリアできた。 ただのお稽古程度なので、基本的な動作が出来るっていうくらいだけど。 「うん、まあいいでしょう」 舞い終わると、及第点な返事がソレスタ師匠から返ってきた。 ほっと胸をなでおろす。 「どう? 最後までやれそう?」 「出来なくてもやらされるんだから、やれるまで頑張る」 「あらいい返事」 しごき甲斐がありそうだわ、なんて呟きは聞こえないフリをする。 「ちゃんと舞を成功させたら、ホズミ私の事見直してくれるかなぁ」 「……ホズミ? そこディーノじゃなくてホズミで正解なの?」 「なんでディーノ?」 ホズミに決まってんじゃん。あの子に「ハルかっこいい!」って言われたら私は鼻血出す程嬉しい。 想像だけで動悸が……! 胸を押さえてはぁはぁする私から若干距離を取りつつソレスタさんが引き気味に笑う。 失礼な態度だな。 「ハルちゃんて十八よね?」 「うん」 「もっとこう、ないの? 色っぽい思考とか!」 色っぽい、ねぇ? へっと吐き捨てるように嗤った私に賢者様は更に顔を引き攣らせた。 「ソレスタさんはやたら女子かってくらい話を恋愛の方向に持って行きたがるけどさ。私とディーノでなんて、絶対ないからね」 言い切った。もうこれだけ言っておけばもう邪推はしてこないだろう。 そう思ったものの、ソレスタさんはまだ物言いたげな目で見てくる。なかなかしつこいな。 「ハルちゃんはディーノの事憎からず思ってるんだとばかり。ディーノがハンナとかいう侍女に迫られてると勘違いして怒ってたじゃない」 「……いやぁあれは……ホズミの前だったから情操教育上の問題があったからで」 そうだ。子供の前で何やってんだって腹が立って、でもそれだけだったっけ? ムカついたのが先で、その後でホズミの存在に気付いたんじゃなかっただろうか。 どうして私、怒ったんだっけ。何がショックだったんだろう。 ダメだ、深く考えちゃダメだこれ。 咄嗟に両耳を手で押さえた。 「ハルちゃん?」 急に黙りこくった私を訝しんでソレスタさんが顔を覗き込んできた。そして少し眉間に皺を寄せてまた顔を離す。 「ハルちゃん、貴女」 「私は! 私はいつか帰るの」 多分、そんなに遠くない未来。私は今は想像もつかない使命とやらを終えたら日本に帰る。 此処の世界の人を好きになって何になるの? 置いて行かないでと泣いて縋ったホズミをどうしてやる事も出来なかった私が、誰かに同じようにするの? それとも胸の内に想いを秘めて、ただひたすら心が風化するのを待つのか。 「どうやったって一緒に居られない人だって分かってて、思いを育む気なんてないよ」 好きになる気持ちは理性で制御出来ないって事くらいは、恋愛に疎い私にだって分かる。 自然に大きくなってしまった想いはどうしようもない。だけど故意に増長させるような事言わないで欲しい。 「……そうね、ごめんなさい。貴女があんまり当たり前みたいに馴染んでるものだから、帰っちゃうんだって事すっかり頭から抜けてたわ」 淋しそうに目を細めるソレスタさんに私は苦く笑った。 私もたまに忘れそうになるよ。みんな良くしてくれるから居心地が良過ぎて。 今でも十分離れがたくなってるのに、もうこれ以上要因を作りたくない。 ふぅと息を吐いて頭を切り替える。 「それにしても、ソレスタさんって何でも出来るんだね」 話を変えた私にソレスタさんも少しほっとしていた。 前 | 次 戻 |