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「ああじゃああんたに頼むよ! もうあんたしかいない、お願いだ俺達を助けると思って引き受けてくれ!」

 藁にもすがる思いでおじさんが頭を下げた相手は、ディーノだった。
 しん、と辺りが静かになるのもお構いなしにおじさんは続ける。

「大丈夫だ、化粧するしあんたキレーな顔してんだから! いけるける」
「するわけないでしょう」

 ズバッ! と音がしそうなくらいディーノが斬り捨てた。
 いやまあそうだろうね。

 女性っぽさは全くないけど綺麗な顔してるディーノなら化粧映えはするだろう。けど、あんた……騎士として鍛え上げられた男に女装しろってそれは無いだろう。

 ソレスタさんが爆笑してるし、侯爵は背を向けて在らぬ場所を見つめてるのは絶対笑いをこらえるためだ。

「おじさん……困ってるのは分かったけど、せめて女の人を選びなよ。男の人がやったらただの笑い取るための見世物になるだけなんじゃないの?」
「じゃあだったらどうしろっていうんだ!」
「町の人でも女性はいっぱいいるでしょうが!」

 涙目で訴えてくる前に何故目を向けない! あそこにもここにも、女性の方はたくさんいるじゃないっ。

 急に「いや」とか「あの」とか口ごもるおじさん。
 ……なんか裏ある?

 侯爵に目を向けると、説明を促されているのが分かったのか一つ頷いた。

「昔からの慣習で、役に抜擢された者は大祭の後フレイアを信仰する神殿へ赴き一年間そこで過ごす決まりになっています。神官見習いとして生活し、資質があり本人の希望があればそのまま神殿に残れます。まあ、戻ってくる者が大半ですが」
「ええぇっ!? ちょっとおじさん!?」

 ぎっと睨むとおじさんは、ピープーとわざとらしく口笛を吹いた。殴られたいのか!

「デメリットを隠してやらせようなんて、悪徳詐欺の手口じゃない!」

 そりゃ誰もやりたがらないわけだ。
 何が楽しくて一年間も修行させられにゃならんのだ。神官見習いとして生活って、要するに働かされるって事でしょう?

 頭の中にお寺の修行僧の映像が流れる。宗教は全く違うけど、的はそこまで外れていないはず。

 嫌です無理です。怠惰な生活万歳!
 
「其方で決められないようなら、私が強制的に選びますが?」

 侯爵が痺れを切らしたのか強硬手段に出た。
 はい、じゃあそこのあなたがフレイアねー、拒否権ないからーってやっちゃうつもりらしい。

 公平にじゃんけんとかじゃ駄目なんだろうか。あ、この世界じゃんけんないのか。
 あみだとか。

 侯爵が選べば手っ取り早いけど、角が立ちそうだよね。そういうの気にする人でもなさそうだけど、あんまり見てて気分の良いものじゃないしな。

 私が発言するために手を上げようとしたその時。
 
「あたしがやる!」

 少し掠れた、でも凛と真っ直ぐな声。振り向くとそこには目元を赤くしたミラちゃんがいた。

 スカートをぎゅっと握りしめて肩を上げて。張りつめた雰囲気を纏ったミラちゃんはもう一度「あたしがやるから」と念を押すように言う。

「ミラちゃん……」

 彼女を見つめると、大丈夫だと言うようにフルフルと首を振る。

「最初に選ばれたのあたしだし……やらなきゃいけない」

 昨日の朝別れた時には抜け殻みたいに消沈していたのに。
 悲壮感さえ漂いそうなほどの決意には、真っ直ぐな意思が通っていた。

 一日考えて、考え抜いて彼女の中で何か答えが出たんだろうか。

「ミラちゃん、でもこの役をやったら神殿に修行しに行かないといけないんだよ? いいの?」
「ああ折角本人がやる気になってんのに、余計な事いいなさんな!」
「おっさんはだぁってろ!!」
「ひぃっ、ユリスの花嫁様が反抗期!」

 もう反抗期は終わったわ! 思春期と呼ばれる時期ももうそろそろ、さよならを告げる頃だ。

 私もう大人なんだから! なんて言いたかないけどね。いつまでも子供でいたいよ。ホズミくらいになりたいよ。一緒に野山を駆け回りたい。

 おっと思考がずれたわ。

「いいの、分かってる。それでもあたしがやるの。あの子が……」
「え?」

 最後の方はぼそりと呟くくらいの音量だったせいで聞き取れなかった。
 ミラちゃんは苦そうに顔を歪めると「なんでもない」と教えてくれない。

「さあってハルちゃん。人の心配してる場合かしら? 付いてらっしゃい、みっちりしごいてあげるわよー!」
「きゃーっ! いやー!! 助けてディーノ!」
「ハルの舞、楽しみにしてますね」

 にこりと笑顔で捨てられた! ひどっ、何があっても守ってくれるんじゃなかったの!?

 ずるずるとソレスタさんに引きずられる私は、さながらドナドナの子牛の心境だった。
 



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