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 屋敷に戻ってみた結果、撃沈していたのは侯爵様でした。
 色とりどりの花の植木鉢が置かれた爽やかな雰囲気のサロンで、ソファに深々と腰かけてお先真っ暗みたいな真っ青な顔で死にかけていた。

 そっとしておこう。
 いやでも、侯爵の人間らしいところを見られて安心したというか、ちょびっとだけ身近に感じられたというか。

 でかしたソレスタさん。
 そしてソレスタさんはピンピンしていた。すこぶる快調のようでした。

「あらお帰りなさい、昨日は何処泊まってたのよ。まさか男のところじゃないでしょうねぇ? やだもうハルちゃんったら」
「あんたまだ酔ってんですか、笑えない冗談やめて下さい。ディーノの周囲が氷点下になってるじゃないですか」

 ディーノは真面目さんだから、その手のジョークは嫌いなんだよ!
 温暖な気候のはずのキリングヴェイが真冬になっちゃったじゃないの。屋敷の中のはずなのにブリザードが吹きすさぶってどうなってんの!?
 
「ちょっとソレスタさんに訊きたい事があるんで、後で私の部屋に来てもらっていいですか?」
「きゃー女の子から大胆なお誘い? こんなオジサンで良ければいいわよぉ、とことんハルちゃんに付き合ってあげる」
「キモい!! ああもうディーノで遊ぶのやめてよ! ほらディーノも、オッサンの下世話なジョークだから剣はしまって!!」

 快調すぎてむしろ酔ってるテンションじゃないのよソレスタさん。
 ここは私が怒る立場のはずが、さっきからディーノがやたらと過剰に反応するので仲裁役になっている。

 わざと煽る発言を連発するの本当やめてほしい。

「ハル、本当にこの人を部屋に入れる気ですか」
「残念ながら本気なんですねぇ」
「あんた達、大賢者様に向かって失礼千万ね」

 敬われて然るべきはずの人だってのは分かってるよ。分かってるけど言動がただのオカマのオッサンなんだもの。尊敬の念を抱けと言う方が無理だ。

「あ、ディーノとホズミは駄目だかんね?」
「……は!? 何言ってるんです、ソレスタ様と密室で二人きりになるつもりですか!? 相手はあれでも大魔術師です、俺でも容易に殺せません」
「ころ、殺すって言ったわこの子!!」
「無謀過ぎです、考え直して下さい」
「アタシを無視しないで。ていうかねぇ、アタシにも選ぶ権利があると思うの。確かにハルちゃんは可愛い。可愛いけどこんな小娘に手出すほど落ちぶれちゃいないわよ!」
「小娘ですって!?」

 うら若いお嬢さんと言って下さいまし!
 ギャーギャーと廊下でとんでもなくくだらない喧嘩を勃発させた私達を、遠巻きにお屋敷の方々が眺めている。

 割って入ったりはしないけど、何やってんだ恥ずかしい人達だな、みたいな目で見てくる。気にしないけど!

 が、しかし
 
「喧しい! いいから早く何処かへ行ってしまえ!」
 
 と、このお屋敷のご当主様に喚かれた為ここで一時中断。
 侯爵は、自分で出した大声に自身が大ダメージを食らったらしく、口元を手で押さえてフラフラしながらサロンに戻っていった。

 部屋で寝てた方がいいんじゃないだろうか。
 それにしてもどんだけ飲んだらああなるんだろう。私も大人になってお酒飲むようになっても、二日酔いにはなりたくないなぁ。

「侯爵さん、初日に顔合わせた時はなんておっかない人なんだろうと思ったけど、すっかり親しみやすい人になって良かった良かった」
「あれ見て親しみを覚えるのは、この世界広しと言えどハルちゃんくらいじゃないかしらね」

 あらそうかしら。
 いやほら、普段隙が無くてつんけんしてる人の弱ってる所見ると胸きゅんするって言うじゃん。あんな感じ。

 て、そんなのはどうだっていいのよ。
 
「ほらソレスタさん行きますよ。ディーノとホズミは入っちゃダメだからね。入ってきたら……」
「入ったら?」
「その時何か考える」

 良い脅し文句が思い浮かばなかった。コレ言っときゃ大丈夫だろう、みたいな抑止力のある言葉のレパートリーとか私の頭の中には無かった。

 次の機会までには考えとくよ。次あるのか分かんないけど。


 立入禁止! と日本語で書いた紙をドアにぺたりと張って、私の部屋でソレスタさんと密会を開始した。
密やかな会というわりには、全員に知れ渡っているのだけれど。

「単刀直入に聞きます。ディーノとレイの因縁について教えて下さい」
「ほんと、前置きも何もなく直球できたわね」

 前座と言えば、この部屋に至るまでのあのやり取りがそうじゃないだろうか。
 ソファに長い脚を組んで座るソレスタさんが、つやつやの髪を弄りながら「そうねぇ」と少し悩む。

「昨晩、ちょっと侯爵とも話したんだけどね。……未だに二人共生きてるなんて奇跡と言えば聞こえは良いけれど、恐ろしい気もするわ」

 咄嗟に私が反論しようと口を開いたけど、ソレスタさんが片手を上げて制した。
「ごめんなさいね、ちゃんと一から話すわ。これはあの子達より第三者から聞いた方がいいでしょうし」

 ディーノ・ブラッド・ファーニヴァルという人についての話を始めましょうか
 



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