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「えええええー……」

 がっくりと項垂れる三毛くん。そこにいたのは彼一人だけだった。女の子がいない。仲間を見殺しにして逃げたか……いや殺したりしませんがね。

 しかし、待てと言われて待っててくれたなんて。先ほどまで殺気を帯びた眼で睨んできていた子と同一人物とは思えない。

 そう伝えると「狼に喧嘩売るほど馬鹿じゃない」だそうだ。

 お手柄だよ、ホズミ! 獣族の中でも狼というのはランクの高いものらしい。そしてそのホズミが懐いている私も攻撃してはならないと理解したという。

 そこは初対面の人にいきなり攻撃してはならない、に書き換えてほしいものだ。
 
「で、ミケくんがこの森に住みついてる獣族って事でいいんだよね?」
「なんだよミケって、おれのこと?」
「うん。三毛猫っぽいから」

 三毛猫って言ってこっちで通じるのかな。意味が分ってるのか分かってないのか、ミケくんは「まあなんでもいいや」と投げやりな感じで承諾してくれた。

「おれ以外の獣族は、そこにいる狼くらいだと思うけど」
「なるほどねー、じゃあミケく」
「ミケなんてダサい名前許さないんだからーっ!!」

 だ、ダサくないよ失敬な! 超絶可愛いよ! 見たまんまの安直な名前の方がバシッとキメた名前より安心するし親しみを覚えていいんだよ。

 ネーミングセンスの無さを指摘された気がして必死で言い訳したけど。それよりもここで一番にピンと来ないといけないのは別の所だった。

「あー家出少女発見! 確保ー!」

 また逃げられちゃたまらん。少し離れた木の影からワーワー言っていた女の子の元へ猛ダッシュで掛けてふん捕まえました。

 ミケくんがこめかみを押さえて「ふぅぅ」と深い息を吐いた。どこかで見たような仕草だなぁ。

 たまにディーノが私を見てそんな事をやっているような気がしなくもないけど、まあ私の思い過ごしだろう。

「ミケくんが折角逃がしてくれたのにねぇ」
「だーからそのミケってのやめいよ!」

 どんな言葉遣いだ。私に羽交い絞めにされながらじたばたもがく少女。
 この国の女性の平均的な体格が日本人のそれを上回っているから、年下っぽい少女だけど私よりも少し大きい。

「じゃあ彼の正式名称はなんてぇの?」

 何となく張り合って微妙な言い方をしてしまった。

「ふふふ、聞いて驚け! あたしが考えたこの子の名前はダニエレ・シモーネ・トルクート・マラスピーナよ!」
「……え? ごめん、もっかい言って」
「ダニエレ・シモーネ・トルクート・マラスピーナ!」
「わんもあぷりーず」
「ダニエレ・シモーネ・トルクート・マラスぴゃあ!」

 惜しい、もうちょっとのところで噛んだ! すぴゃあって、すぴゃあって……。
 笑って手に力が入らなくなった私から少女がするりと抜けだす。

 それにしても長い名前だ。王様よりも長い気がする。もうここまでいったら寿限無みたいにしてほしいな。

 しかも若干中二臭い気がする。取り敢えずカッコいいと思う名前詰め込みました的な。

「どうしてそんな名前にしたの?」
「カッコいいからよ!」

 中二臭いっていうか、まんま中二病だこの子! レイとはまた違うベクトルだけど。
 ていうか伝わりにくいカッコよさのように思うんだけど。もっとベタベタなのにすればいいのに。

「私ならアルベルトとかリヒテンシュタインとかにするけどなぁ」
「うおおお! すげぇ、お姉さんすげぇよカッケー! 超イカす!」
「い、イカす!?」

 完全なる死語!! この世界にも、今時の若者言葉みたいなのって存在するのか!?

 気に入ってくれたみたいだけど褒められ方まで微妙過ぎて喜ぶに喜べないわ。私の方がこの子より中二レベルが高いみたいになっちゃったような気もするし。

「おれの名前なんかどうでもいいから、さっさと要件言ってくんねぇ? まあ察しはつくけど」
「どうでもいいですって!? あんたの名前以上に重要な事なんてこの世にないわよ!」

 あるよ! どう考えても重要な事だらけだよ!

「私なんて寝ても覚めても、近所の子が誰が好きの嫌いのってうつつを抜かしてる間も、ずっとずっとカッコいい名前を考えて」

 考え過ぎだよ! 他にもっとする事あるだろ!? ていうかそんなに考えたにもかかわらず、これっていう珠玉の名前出て来ないんだ!?

「もういい。そいつ連れ戻しに来たんだろ? さっさと連れてけ」
「え、いいの?」

 しっしっと追い払うように手を振ったダニエレ・シモーネ・トルクート・マラスぴゃあ、じゃなかったマラスピーナ改めミケくん。

「ちょっとアルベルト! あんた何言ってんのよ!?」
「あ、さっそく使ってくれてるありがとう」

 即採用されるなんて、ちょっと嬉しいじゃないか。
 でも名前があっちこっちと飛び交ってかなり分りにくい。よし私はミケで行こう。ミケを貫き通そう。

 一つスッキリしたところで、もう一度少女の腕を掴む。

「色々と気になる事はあるけど、とりあえず今日は帰るよ。また来るからね、ミケくん」
「あたしは帰るなんて言ってないー!」
「あなたに拒否権はあーりませーん」

 似非外人みたいな発音で言いながら少女をずるずる引き摺る。
 
 よし任務完了。ハル、これより帰還します!
 



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