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「えっと、しばらくお世話になります」
「いえ、お越し頂いて光栄ですユリスの花嫁様。先ほどはお出迎え出来ず申し訳ありませんでした」

 ふるふると首を振る。おややぁ? 案外普通の人……

「噂通り、見事な黒髪ですね」

 ごく自然に近づいてきたかと思うと、私の髪を一房手に取って口づけた。
 ひぃ! この人ディーノのお父さんだ! 本人達がどう思ってるかは知らないけどこういうとこそっくりっだよ!!

「随分と無防備だ。あの子から私の事を何も聞いてないわけではないだろうに」
「あ、の……侯爵?」

 後ろに下がろうとしたけど髪を掴まれているからさほど動けなかった。
 なんか急に声のトーン下がりましたけど!? どったのこーしゃく!?

「聖騎士に召喚されてこの世に来たユリスの花嫁……、けれどアレは本当に聖騎士か? あんな化け物が?」
「ばけもの……?」
「あんな状態でのうのうと生きているあいつ等が、神に選ばれたなどおかしいじゃないか」

 何の話をしているの? ていうかこれって私と会話してるのか独り言なのか。私を見てるけど会話する気ないような。

 聖騎士って言ってるからディーノの事なんだろうけど。息子をアレとか化け物とか、この人の方がおかしい。

 じりじりと距離を詰める侯爵から逃げるために私も少しずつ後退していったんだけど、踵が何かに当たった。目をそっちにやるとソファの脚だった。

「こ、侯爵」

 どさりとソファに押し倒された。息が詰まり目を閉じた。もう一度開けると侯爵が目の前にいる。

「アレは貴女の事を大事に思っているようですね、自分の存在を肯定する唯一の存在だからかな? でも救いがあるなんて間違いだそうだろう?」

 いつの間にか私の両手は頭の上で一つにまとめて拘束されていた。
 その手際の良さに感心すればいいのか、自分の隙の多さを嘆けばいいのか。なんにせよ私今ものっすごい大ピンチじゃないですか!?

「ちょっと!」

 腕に力を入れて退かそうとするのにビクともしない。

「貴女はアレの正体を知っていますか?」

 侯爵は笑った。でもその表情はとても歪で禍々しく見えて背筋が凍るかと思った。
 抵抗するのを忘れて怯えた私の耳にそっと顔を寄せてくる。

 密言のように囁かれたその内容は、甘やかさなど微塵もないものだった。なおも続く侯爵の話を私は呆然としながら聞いていた。

 バアンッ!!
 
 突然、爆発音のようなものが耳を劈(つんざ)き、次の瞬間、部屋の窓ガラスが全て粉々に砕け散った。

 私も侯爵も同時に窓を見てあまりの事に固まる。

「ハル!?」

 瞬間移動!? そんな早さでディーノが現れたけど、もしかしたら唖然としていた時間が自分で思っているよりも長かったのかもしれない。

「侯爵! 何をやっているんですか!? ハルから離れて下さい!」

 今にも剣を抜きそうな剣幕でディーノが詰め寄る。
 侯爵は煩わしそうに眉をひそめただけで、あっさりと私の上から退いた。

「こんなものに呼び寄せられた貴女に同情しますよ、ユリスの花嫁」

 そしてディーノには一度も目もくれず部屋から出ていってしまった。

「ハル……」

 ソファの下で膝をつくディーノが心配そうに私を見ていた。問題ないよと首を左右に振る。

「申し訳ありません、近くにいたのに気付けず」
「大丈夫だから」

 別に侯爵も私に手を出そうと思ってたわけじゃないだろうし。脅しというか、まあそんなもんだったんだろう、多分。

 聞きしに勝るぶっ飛んだ人だからあんまり考えが読めないけど。

「何を言われました、何をされました?」
「いやほんとに」

 ディーノは私の腕をそっと持ち上げた。手首のところがうっすらと赤くなっているのを目ざとく発見したようだ。

「何でもないって、ね?」
「……分りました」

 眉を寄せながらディーノは頷き、手首に唇をおとした。
 ちょおおお! 侯爵にっていうかディーノにいろいろされてる気がしますけど!?

 反射的に平手打ちを食らわしそうになるのを必死で耐えた。こんのタラシめぇー。

「まったく、少し目を離すとすぐこれだ……。いっそ同室にしてもらえば良かったですかね」
「いやさすがにダメでしょそれは!」

 ていうかあんなに反対しておいて何を言ってんのこの人!? うら若い男女が同じ部屋で寝起だなんて、そんなはしたない! そういう常識は私にもあるよ!

 そして私が勝手に出歩くから悪いみたいな言い方してるけど、え、今回も私のせいなの!?

「でも、これで侯爵がどんな人か分かったでしょう」
「うーん、毒のある人だねぇ」

 一言で侯爵を表すと、毒々しい、なんだよね。ディーノに似た容姿なのに爽やかさの欠片もないんだからある意味すごい。

 妙なところが似通ってるように思えたけどきっと気のせいに違いない。

「ねぇ、ディーノ」
「はい?」

 手を引かれてソファから立ち上がる。視界に入ったガラス片に釘付けになる。

「あのガラスは……」
「魔法によって壊されたようですね。誰の仕業かは分りませんが」
「うん」

 まるで侯爵を止めるように、ここに私がいるのだと知らせるように大きな音を立てて割れた。
 
 誰がやったのか何となく私には分かる気がした。
 



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