▼page.2 そんな経緯で移動中。 めっちゃ行きたくねぇ。出来る事ならボイコットしてぇ。でもそんな事したら……その先は考えるだけで恐ろしい。 ガタガタと震えると前に座っていたディーノが「寒いですか?」と問うてきた。 「あ、ハル、この橋の向こうがキリングヴェイですよ」 「やっと!」 二日も馬車に揺られてもう飽きたしお尻痛いしで、そろそろ限界が近かったんだよね。 しかしこの馬車から降りるとそこは敵地かと思うと降りたくない気もする。 「ディーノのお父さんってどんな人?」 どっきどきのだーいしつもーん。てへ。 握った拳をマイク代わりにディーノ前に出す。 ディーノはじーっと私の手を見つめながら……見つめたまま止まっていた。おい。 私の手に何かありますかね? 「……すみません、あの人の事をよく知らないので」 「え?」 「俺は産まれてすぐ城にいる祖父の方へと預けられたので、父とは数えるほどしか話した事ないんです」 「まじで……?」 「キリングヴェイでの滞在中、貴女に不快な思いをさせてしまいます。先に謝っておきます」 ふ、複雑な家庭の事情とやらでしょうか? 二十年以上ほとんど話したこともないなんて。しかも不快な思いをするって断言したよ。 ギスギスし過ぎじゃないでしょうかファーニヴァル親子。お爺ちゃんは人格者っぽい感じがしたのに、子育てに失敗したんだろうか。 でもディーノもお爺ちゃんに育てられてるんだよね。じゃあお父さんが先天的に性格に難ありだったのか……? 「ディーノは良かったの? ついてきてくれたのは嬉しいけど、お父さんに会いたくなかったんじゃない?」 「正直会いたいとは思いませんが、貴女に危害が及ぶと分かっていて他の者に任せるなんて出来ません」 「私に及ぶの!?」 親子問題に何故私が巻き込まれるの!? めっちゃ他人事として聞いてたのにどういう事だ! 責任者呼べ……もしかして責任者ってお父様? 呼ばないで下さいごめんなさい私が悪かったです。 頭を抱えていた私の手をそっと取るとディーノは「それに」と柔らかく微笑んだ。 「何があっても俺がお守りすると言いましたよね」 ぐほあっ。ハルはダメージを受けた。瀕死の重傷だ。 やばいもうライフポイントの残りが少ない。この馬車に乗ってる間に地味に私のポイントを削ってきてたのよねディーノってば。 あの追いかけっこ以来、ディーノのタラシ度とかキラキラ度がグレードアップしました。せんでいいのに、前ので十分だったのに。 そんな効果を狙ってやったわけではないよ。というかどうして? あはは、と笑いながらさり気無く手を引こうとしたのにビクともしない。ディーノはやんわり握ってるように見えるのに。接着剤つけられた? え? 焦っているとディーノから手を開いた。嘘のようにあっさり離れた。あれ? 何か術つかったのかな。ビックリした。 「どうぞ」 馬車が止まり、ディーノが先に下りて傘で雨避けを作ってくれる。お嬢様になった気分だ。 城下町を出てからずっと草原が続き、キリングヴェイの領内に入ってからは民家と畑ばかりだったのに、急にどーんと大邸宅がそびえていた。 不釣り合いで無駄に豪華だ。 見事な庭と噴水、そしてその噴水を囲うようにコの字の形をした大きな屋敷。これがファーニヴァル邸。 これから暫く私達がお世話になるお屋敷でもある。いやディーノは帰郷って事になるのかな、でも住んでたわけではないんだしな。ああ嫌だ、着いたばっかだけどもう帰りたいです。 「そういや大祭っていつあるの?」 「確か十日後だったはずです。前夜祭も合わせて二日間です」 「はぁ!?」 十日!? まだそんな先なの!? ほら行けそら行けと王様に急き立てられたからてっきり二三日後くらいだと思ってたのに! だ、騙されたあぁ……。 えええ、だからルイーノがやたらと大きい荷物を作ってたのか、夜逃げでもするの? ってくらいどっさり馬車に積むもんだから止めようかどうしようかと悩みながら見てた。 いやその時点で気づけよ私! 今にしてみるとおかしいじゃん! 「ディ」 「ようこそお越しくださいました、ユリスの花嫁様、聖騎士様」 ディーノ大丈夫? って訊こうとしたのに、途中で遮られた。 玄関の扉が内側から開けられて、黒服の男性が深々と頭を下げた。きっちりと髪を後ろに流してビシッときめている。執事さんのようだ。 「ただ今旦那様は手が放せませんで、お出迎えが私だけで申し訳ございません」 「あ、いえ、お気遣いなく」 というかむしろ安心しました! とは言えません。 ……しかしこの執事さん、ディーノの事聖騎士って言ったな。お帰りなさいって言わなかった。 アウェイだ。この世界に来て今日が一番アウェイな気分だ。 ちらりとディーノを伺い見たけど、しれっとしていて特に表情は見て取れなかった。 前 | 次 戻 |