▼page.1 昨晩からしとしとと降り続ける雨を窓越しにぼんやりと眺めていた。 あるだけのクッションを敷き詰めた上に座り、流れる景色に意識を集中させる。 ただ今馬車にて移動中。 朝、王様が呼んでいるからとわざわざ部屋まで迎えに来てくれたディーノと一緒に政務室まで足を運んだ。 王様はちゃんとお仕事していらっしゃった。机の半分以上が紙で埋め尽くされている状態で、せっせと書類に目を通していた。 意外だ。なんやかんやと理由をつけてサボってそうなのに。勝手に政務室抜け出しては部下に怒られてそうなイメージあったのに。 口を開けてぽかーんとサイラス王を見ていると、彼は私の脳内を読んだのかニッコリと笑って「ぶん殴るぞ小娘」ととても美声で罵ったきた。 へへんだ、やれるもんならやってみやがれ! こっちにはこの国一腕の立つ護衛がいるんだからね! と咄嗟にディーノの後ろに隠れる。 「で、どのようなご用件で?」 隠れたまんまの私の代わりにディーノが王様に問う。 「ハル、ちっとばかし遠出したくないか?」 遠出? ディーノの後ろから顔だけひょこりと出す。 「こっからちょっと南に下ったところで、今の時期は暖かくて緑豊かで大きい湖もあるからなぁ、過ごしやすくて見応えのある所だ」 「旅行?」 「まあそんなもんだ」 おお! トラベル! ファンタジーの世界に来ただけでも大冒険なのに、さらに観光をさせて貰えるなんて。 「行きたい行きたい!」 はいはい! と手を挙げた。旅行、その言葉の甘い響きに踊らされて私は大局を見誤った。 「言ったな、前言撤回は聞かん」 「え?」 にやぁと意地悪く笑った王様に嫌な予感を覚えた私は、咄嗟にディーノを見上げた。 彼は言っていた。「ハルが勝手に返事するのが悪い」と。目は口ほどに物を言うとは聞いた事あるけど、語り過ぎだろうディーノ! 私の気のせいなんかじゃなく絶対そう彼は心の中で言っていた。視線でどんだけ私を非難してくんのさ。これアイコンタクトの域超えてるよね! 「嫌がるようならこの前のパーティーで逃げやがった罰として強制的に行かせようと思ってたが、やる気満々ならそれに越した事はない。存分に勤めを果たして来い」 おいこらちょっと待て。最初から私に拒否権なんかなかったんかい。ていうか、はぁ? 務めを果たす? なんの事ですか。ごめん王様何言ってんのか分かんないです。 だらだらと冷や汗を流す私の上の方から盛大な溜め息が吐かれた。ディーノだ。 「大祭に彼女を担ぎ出すつもりですか」 「毎日暇そうにしてんだから、ちょっとは仕事らしい事してもらってもいいだろう」 「失礼な!」 誰が暇人だ! これでも忙しいんだよ、タイムスケジュールは分刻みだよ! 嘘だけど。 大抵部屋でルイーノと喋ってるかホズミとまったりしてるか図書館で本探してるかだけど。 「で、大祭ってなに?」 「ここより南にキリングヴェイという荘園があります。そこで毎年この時期に農園の豊作を願う大祭が行われるんです。その祭りの花形にユリスの花嫁として出席しろとおっしゃってるんですよ」 「おお、お祭り!」 祭りと聞くと血が騒ぐよね! テンション上がった私にディーノが「お願いだからちゃんと人の話を聞いてください」と半分諦めモードで言った。 いやねぇ、ちゃんと聞いてますわよ。大祭に出ればいいんでしょ? ユリスの花嫁としてね。……うん? 「出席って何!? お祭り見に行くだけじゃないの!?」 出店で珍しいものたらふく食う為に行くんじゃないの!? 金魚すくいは? ヨーヨーはないの? 「そんなわけで、宜しく頼むわ。ちなみにキリングヴェイの領主はファーニヴァル侯爵だから」 「そんなわけってどんなわけ!?」 ヴェ、ヴァ? ただ今慣れない横文字に頭がついて行けておりません。でも何度か聞いた単語だったような。 「ファーニヴァルって……ディーノのお祖父ちゃん?」 あの気品があるけど気さくで、ちょっぴり下世話なお爺ちゃんが領主様なのか。 「いいえ、現在侯爵を名乗っているのは父です」 ディーノのお父さんか。そういやとっくに爵位を譲ったってルイーノ言ってたなぁ。 お父さんとはまだ一度も会ってないよね。前のパーティーでも見かけてない気がする。 「もうずっとキリングヴェイに引きこもって城には上がって来てませんが」 ふぅん。貴族さんの仕事って城でやるもんだと思ってたけど、そういうわけじゃないんだね。 「なかなか癖のある人だから楽しみにしていろ」 意味深に笑う王様。片手で顔を覆うディーノ。 ええい行く前から不安要素をまき散らすな! 前 | 次 戻 |