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「ごめんねホズミ。……でも私は」
「やだ! ハルがどっか行っちゃうならボクも連れてって」
「それは出来ないんだよ、ごめん」
「なんでっ!」

 金の瞳が悲痛を訴える。はらはらと涙が零れるのに私にはそれを拭う資格さえないんじゃないかと思えて動けない。

 ホズミの事は大好きだし、好かれてる自覚もあった。でもこんな縋られるほど必要とされてるなんて思っていなかった。

「一緒にいるって約束した! ハルのウソツキッ!」

 また走って寝室へ行くと、バタンと力いっぱい扉を閉めてしまった。籠城された。あの様子だとすぐに出てくるとは考えにくい。

 ホズミさんや……そこ閉められると困っちゃうんだけどな。私今晩どこで寝ればいいんでしょうか。
「ホズミに嫌われちゃったかなぁ」
「駄々を捏ねているんですよぉ、あの子は賢い子ですもん」

 おや。ルイーノが他人を褒めるなんて珍しい。何気に接する機会の多い二人だから仲良いのは喜ばしい事だ。

「いつかハル様が帰ってしまうって頭では分かってたと思います、でもずっと先だと考えないようにしてたんでしょうねぇ。なのにハル様が帰る話なんてするから不安になっちゃったんですよー」

 う……、配慮が足りませんでした。しょんぼりする私にルイーノが紅茶を差し出してくれる。

「うぐ」

 何の疑いもなく飲んだ私は口の中に広がる得も言われぬ苦味に、吐き出しそうになるのを必死にこらえた。

 ニヤリと笑うルイーノ。やられた! これディーノに飲ませたのと同じ味だ!無臭だったから油断してた……。

「ホズミを泣かせた罰としてちゃんと飲んで下さいねぇ」

 そう言われてしまうと逆らえない。飲み終わる頃には涙目になっていた。ホズミを泣かせたのは私だけど、私を泣かせたのはルイーノさんですよね。……あれ?

「もしかしてディーノにわざと不味いの飲ませたのって……」

 すまし顔でティーカップを片付けるルイーノは何も答えなかった。でもそれこそが何よりの答え。
 ディーノが私を泣かせたから、その罰だったんだ。決して彼が嫌いだからとかそういう理由じゃなかった。

「ルイーノ愛してる!」
「あらあらぁ残念ながらその愛は受け取れませんねぇ」
「一瞬で失恋した! なんでじゃ!?」
「嫌に決まってるじゃないですかぁ、只でさえあたし敵が多いんですから、これ以上増やしたくないんですー」

 えっとごめん、断られた理由の意味が分らない。ていうかルイーノ敵多いんですか。どんな修羅場をくぐってきたんでしょうか。ぽかんとする私にルイーノはクスリと笑う。

「毛布持ってきますから、今晩はここのソファででも寝て下さいねー」

 明日の朝起きて私がいなかったらホズミが慌てる可能性があるから。
 ここのソファはとても大きくてふかふかだから、毛布さえ持ってきてくれたら寝るのに問題はない。
 良くできた侍女様だことで。

「ねぇルイーノ、私が元の世界に帰った後、ホズミの事……」
「いやぁですよ」
「また即答! ホズミの事好きでしょー!?」
「いえ別に」
「なに、どうして!? あんな可愛らしい賢い子なのに!? 好きにならない理由なんてどこにあるって言うの!?」

 さっき褒めてたじゃん! ホズミ泣かせたからって私に嫌がらせしたじゃん!
 ていうかホズミを好きにならない人がこの世にいるなんて信じられない!!

「あたしの予想によるとですねぇ。ホズミはハル様がいなくなった後は、一人で城からいなくなると思うんですよねぇ」
「…………」

 それは私もチラと考えた事のあるものだった。元々ホズミは小さいながらも一人で生きていた。
 けれど淋しさに負けてレイと手を組んだわけだけど、手に入れたこの居場所も私が異世界人だったせいで仮初のものになってしまった。

 本当の意味で欲しかったものが手に入らなかった場所にあの子は留まり続けるだろうか。

 狼族は本来人を嫌う、何者かに追従するのを嫌う誇り高い種族なのだそうだ。そのホズミが自分に同情の目を向けるだろう人間ばかりの場所にいるとは思えなかった。

「……私はホズミが好きで、少しでもあたたかい時間をあげられたらって、私がいなくなった後も困らないようにしてあげたいって思ってたけど……、そういうの全部間違ってたのかな」
「さぁ、ホズミが決める事ですから。でもハル様と過ごした時間を間違いで終わらせてしまうのは、とても不幸ですよねぇ」

 不幸。ルイーノのその言葉は私の心にずしりと重く圧し掛かった。

 一人の人生を私の言動が左右してしまう事への恐れ。この先、ホズミを独りにしてしまうかもしれない後悔。

 絶対にさせたくない。可愛い可愛い狼の男の子に私はあたたかい場所で笑っていてほしいんだ。
 



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