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「ところでディーノ。鐘ってもう鳴ったっけ?」

 ハルはあっさりとディーノから視線を外して空を見上げた。
 既に太陽は夕陽へと姿を変え、地へと沈み込み始めている。更に空はいつの間にか暗い雲に覆われつつあった。

 気付かないうちに周囲も薄暗くなってきている。
 夕刻の鐘は城で働く者の仕事の一区切りを知らせるものだ。昼から夕方へ切り替わる前に鳴らされる。

 もうとっくにその通知はされているはずなのだが。
 二人は顔を見合わせ、お互いに首を捻った。追いかけっこに夢中でどちらも全く気付かなかった。

「私が飛び降りた時には既に陽は傾きかけてたよね、てことはあの時点で鳴り終ってたはず。私の勝ち!」
「でもそもそも建物内に隠れるのは反則ですよね」
「この物見やぐらは建物になるの!?」
「建造物です」

 確かにそうなのだが屁理屈なような気もする。
 一体どの段階で鳴ったのか、それがはっきりしない事には勝敗も付け難く、結局は引き分けで折り合いをつけた。

 一応の決着をみたところで、今度は新たな問題が発覚する。

「ここ、どこ?」

 ハルはディーノから逃げつつ闇雲に走り回っていただけで、ここが城内のどの辺りに位置するのかさっぱり分らない。

「多分アルカナの跡地です」
「アルカナ?」
「昔この地には豊穣の国アルカナと呼ばれる小さな国があったそうです。戦争で他国に侵略されて、それから更に時を経てマナトリアが建国されたんです」
「ほえー、じゃあここは大昔の遺跡って事かぁ」

 今になって物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡し始めた。
 朽ちて崩れた柱や梯子が腐った物見やぐらなども、歴史あるものだと言われると価値のあるものに見えてくるらしい。

「それにしても、随分北に来てしまいましたね」

 城内の中央にあり一番巨大な本宮が遠くの方に見える。
 本宮が南に向かって建っているし、城下町も城の南の広がっている。
 つまり本宮より北というのは裏手という事であり、人も滅多に通らない忘れられた場所なのだ。

「帰るのに時間が掛かりそうですが歩けますか? 無理そうなら俺が」
「歩けますとも!」

 皆まで言わすかとばかりに被せてきたハルに笑った。
 すっくと立ち上がったハルだが、二三歩踏み出したところで振り返ってディーノを見た。眉を下げて情けない表情をしている。

「足がプルプルする」

 どうやら歩いて帰るのは無理そうだ。全力疾走でこんな長距離走った後で、高所から飛び降りるような芸当をすれば肉体的にも精神的にも限界に達するだろう。

 ディーノは自分の着ていた隊服を脱ぐとハルの肩に掛けた。彼女には長いらしく裾が地面にすれすれだ。

 なんで? と見上げてくるハルに笑みを返した。

「着て下さい。背負いますから」
「は!? せお、何で!?」
「歩けないんでしょう? だから背負いたいんですけど、そのままだと……」

 ディーノの視線が足に向いているのに気付いたハルは、羽織っていた彼の隊服で慌てて隠す。
 
 ディーノが言いたい事は分った。今ハルはこの世界へ来た時と同じ高校の制服を着ている。この格好が一番動きやすいから選んだのだが、高い所から飛び降りたり背負われたりするのには向かない。
 
 大人しく隊服を借りたハルは、ディーノの背中に身体を預けながら問うた。

「寒くない?」
「ハルの体温を感じるので平気です」
「……セクハラ発言」

 ハルの呟きはディーノには上手く聞き取れなかった。あまり良い意味合いの言葉ではなかっただろうとは分かったけれど。

 ハルを背負って歩き出すと、首に回された腕に少しだけ力がこもった。
 ぺたりと身体をくっつけてくる。

「爽やか属性だったディーノがさっきから妙に変態ちっくになってハルさんはショックです」
「その男にそんな無防備に凭れ掛かってていいんですか?」
「ああーまぁ、ディーノならいいよ」
「……すごい殺し文句だ」

 疲労と、全身に感じるディーノの温かさに眠気が訪れてきたハルは彼の言葉を取りこぼした。
 顔を上げて「なに?」と問い返しても答えてくれない。

「明日は全身筋肉痛かもなぁ」
「ルイーノさんにまた怒られますね」
「変な薬飲まされたらどうしよう!」

 来たるべき未来に慄くハルをしっかりと抱えながらディーノは笑った。



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