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『ハルちゃんは被害者よ』

 ソレスタの言う通りだ。彼女は何も悪くない。意志を持ってこちらへ来たわけでも、何の為に連れて来られたのかも知らない。
 もしも本当に人を傷つける為だけに呼ばれたのなら、ハルはきっと耐えられないだろう。

 サロンであの男の目論見を打ち明けたハルはきっとディーノに否定して欲しかったに違いない。
 ハルが召喚された理由はそんな馬鹿げたものではないのだと。なのにディーノはあろう事か彼女を突き放した。

 今から思えばハルに対する甘えだった。自分の常識からかけ離れた世界に一人放り込まれただけでも発狂してもおかしくないのに、ハルは置かれた現状をあっさりと飲み込んだ。のみならず、身寄りのない獣族の子を助けその子の存在を受け止めた。いつも笑顔で周囲に不安を見せた事はない。

 だからディーノは勘違いしていた。ハルはとても強い子だと思っていた。
 例え彼が自分を守るためにハルを傷つける言葉を投げつけても、彼女は笑ってそんな弱ささえ昇華してくれるんじゃないかと心のどこかで思っていた。

 しかしそんなはずなかったのだ。ハルは剣も魔法も扱えない、何の後ろ盾もないこの世界でたった一人で淋しさも困惑も全て包み隠して必死で耐えている少女だったのに、そんな簡単な事にもディーノは気づけなかった。

 気付いたのは言った瞬間に、彼女の身体が緊張で固まった時。しまったと思っても遅過ぎた。

 謝りたくとも一度拒絶されたディーノからハルの元を訪ねていくのは躊躇われ、後回しにすればするほど謝罪は難しくなるとは分かっていても、ずるずると日は過ぎていく。
 だから、ハルから呼ばれは今日こそはと決心していたのに、そんな隙は与えられず今に至る。

 これはもう一刻も早く捕まえて言葉の限りを尽くして謝り倒すしかない。
 新たに決意をし直して、ディーノは走るスピードを速めた。

 この王宮はかなり古くから位置を変えておらず、この国がマナトリアスではなくもっと違った名で呼ばれていた遥か昔から存在している。

 戦火に飲まれ焼かれた事もあるが、それでも多くの建造物は今でも現役で使われている。古いものを残しつつも増築を繰り返し、巨大な迷路のようになっていた。

 一度見失えば再発見は困難なはずなのに、ディーノはさっきから何度もハルを惜しい所まで追いつめている。
 先回りに成功したりもした。その時は勘が働いたのかハルが直前でUターンした為に捕獲に失敗してしまったが、一瞬ばっちりと合った視線。

 ハルが大絶叫をあげながら走り去ったのに驚いてディーノは足を止めてしまった。そんなに怖い形相をしていただろうかと苦笑する。
 さっきから心が軽い。もう少しだ。ディーノは知らず目元を緩めた。
 
 追いかけっこを始めてどのくらいの刻が経ったのか。空を見上げると太陽が傾きかけている。
 鐘が鳴ればハルは逃げおおせてディーノの負け。こんな体力勝負ともいえる遊びに婦女子に負けたとあれば騎士としての名が廃る。

 けれどディーノは焦りもなければ、負けの気配を感じる事もなかった。
 ずっとハルが何処に居るのかなんとなく把握できるのだ。彼女の行動パターンを予測しているわけではない。直感のようなものだった。

 建物と建物の合間を縫うような抜け道でも、ハルがここを通ったのではないかと思い賭けで通り抜けてみれば本当にその先で彼女を見つけたり。
 自分でも不思議だったが同じような事が続いた。

 だからディーノですら今まで存在を知らなかった古い建物が並ぶ、人が殆ど寄り付かない範囲であっても、こっちへハルは来たと確信を持てた。

 当時は物見やぐらとして使われていたらしいが、今ではそれよりももっと高い宮が立ち並び意味を成さなくなった小さな塔。
 その下に立ったディーノは屋上を見上げた。

「ハル、そこに隠れてるんでしょう?」
「何で分かるのーっ!?」

 半泣きのような声で叫ぶハルは、しゃがんで隠れていたらしいがおずおずと顔を覗かせた。

「ディーノ怖いよ! 私本気でGPSつけられてんじゃないかって思っちゃったよ!」

 よく分からない単語に首を捻ったが、撒いても撒いてもディーノがすぐにハルを見つけてしまうのが驚きを通り越して怖くなったのだろう。

「なんとなく、ですよ。貴女がどこを通ったか、どこにいるのか、どうしてか感じられた」
「怖っ!!」

 正直すぎるその感想にディーノはまた苦笑する。自分でも何を言っているのかと思うのだからどうしようもない。

「ち、ちなみにディーノさん、以前から私が何処で何してるか分かってたりした……? お風呂入ってるとか」
「お風呂……何の話ですか?」
「いや! 分らないならいいんです!」

 大慌てで頭を振るハルは、それ以上の追及を拒んだ。意味は解らなかったがディーノも問い質す必要はないと判断する。



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