▼page.7 ディーノは有無も言わさず私の手を取りパーティー会場に併設されたサロンに入った。 猫脚のソファーとテーブルで、ちょっとリッチな休憩室だ。 私に座るように促したディーノは自分も少し距離を空けてソファに座った。難しい顔をして黙ったまま。 ハッキリ言っていいですか。怖いです。 ディーノは言おうか言うまいか悩むように何度か私を見て、ついに決心して口を開いた。 「あいつは貴女に何をさせようとしているんですか」 問われたのは何をされたか、じゃなくて私がこれからレイに何をさせられようとしているのか。 さっきレイと何してたのかって訊かれても、答えに困ったんだけど。別に喋ってただけだからね。後は鼻水を付ける付けないの攻防を繰り広げてたくらいで。 かと言って、レイが私にさせようとしている事をディーノに伝えてしまっていいのか。 あの人はきっとやると言ったらやる。そしてバルコニーでの二人を見て確信した。ディーノも躊躇いなくレイを斬れるんだ。剣を突き立てる事に微塵の迷いも無かった。 聖剣は破魔の剣、魔力を切り裂く剣。魔術を操るレイの技はディーノには効かない。だからこその私なんだろうけど不利なのは同じだ。ディーノが本気になればレイの方が分が悪いと思う。 「いや違うだろ私! どっちが勝つとかそういう問題じゃないから!」 バン! とテーブルを叩いた私にディーノが驚いて僅かに身を引いた。 「あの、ハル? 俺の話聞いてます?」 「ごめん聞いてたけど脳内でグルグルしてた」 ディーノの問いから大分飛躍したところらへんの事考えてた。 「えっと、もう隠したり黙ってたりするのしんどいから言うけど……、レイは自分が私をこの世界に連れてきたんだって言ってた。それで……私が元の世界に帰れる条件はディーノかレイのどちらかが消える事だって」 レイの目的がディーノを消す事だとは言えなかった。でもここまで伝えれば彼はすぐに察する。きっとレイの考えなんて私よりよく把握してるんじゃないだろうか。 天敵だけどずっと以前からお互いを知っていたようだから。 ディーノの顔が見れなくて俯いた私の頭をそっと撫でてくれた。 「あの男が考えそうな事だ。でもそうか……ずっともしかしたら、とは思っていました。貴女を召喚したのはあいつなんじゃないかと」 「ディーノまで! 私は二人の喧嘩に巻き込まれて来たわけじゃない。そんな理由で神様が連れてくるわけないでしょ」 言ってる事が破綻してるじゃないか。聖騎士にしか呼べないとか、呼んだって神が認めなきゃ花嫁は来ないとか、色々言ってたくせに。 レイがディーノを消したいっていう手前勝手な理由で願ったら実現したとかおかしい。どう考えたっておかしい。 なのに、ずっと思ってた? ずっとっていつから。じゃあ私に親切にしてくれながら心の中では疑ってたって事? 「貴女がユリスの花嫁じゃなかったとしたら……、あいつなら時空をこじ開けて無理やり異世界から無作為に人を連れてくる禁呪でも知っても不思議じゃない」 私がユリスの花嫁じゃなかったら? 予想の裏の裏の裏くらいを行くディーノの発言に頭が真っ白になった。 いやいや待ちなさい、今のは良くないと思うよ。各方面の方々からお叱りを受けてしまうよ。 結構デカい所に喧嘩売ったんじゃないの? そんな裏ワザあっちゃダメでしょう。あったとしても、それこそ神様が許さないんじゃない? 上手く動かない脳で考えたものは言葉にならなくて、ただ呆然とディーノを見つめた。 「この世界が魔に満たされるまでまだ猶予がある。多分次か更にその次の聖騎士が選ばれるくらいは大丈夫だろうとソレスタ様が結論付けていたし、俺も各地を視察に行って問題はないと報告していました」 ディーノは視線を落とし、自分の足らへんを見ながらとうとうと喋っている。 次に何を言われるか予想を付けた私は手をきつく握り込んだ。 「あの儀式で俺はユリスに花嫁を求めはしなかった。……この世界に貴女は必要ない」 ガタンッ!! ディーノが言い終えるかどうかくらいのタイミングでテーブルが振動した。 勿論ポルターガイストとかそんなんじゃなくて、勢いよく立ち上がった私の足が容赦なくぶつかったためだ。 石を加工して作られてるものだから実に重たく、ぶつけた私の方が大ダメージ。 「……い、ぃ」 痛過ぎて声にならない。右膝の上を両手で押さえてしゃがみ込む。本当ならのたうち回りたいくらいの痛さだ。 腹立つ、何で私がこんな思いしなきゃいけないんだチクショウめ! 「だ、大丈夫ですか?」 あまりの痛がりようにディーノが傍に寄って手を伸ばして私の肩に触れようとした。 バシ、と小気味の良い音がした。私が手を振り払って叩(はた)いた音だ。 「…………」 じんじんする足に力を入れて立ち上がる。 伸ばしかけた手をそのままにして私を見るディーノを放置して、大股に歩いて無言でサロンから出た。言っちゃいけない事が口を突いて出てきそうで、唇を強く引き結ぶ。 痛い、イタイ……耐えられないと訴えるのは足じゃない。 歯を食いしばってもボロボロと流れる涙を拭く事も忘れてスピードを緩めずに会場から逃げた。 私の様子を見た人はみんな驚いていたけど、構っていられなかった。今は誰とも話す気分じゃない、というか喋れるような状態じゃない。 外で控えていた人達が私に馬車に乗るように促してくれたけど、それも振り切って私は往路以上に早足で自室に戻った。 前 | 次 戻 |