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 術者達によって何重にも張り巡らされた結界や隙の無いチェック体制が侵入者を許さない。
 今回の魔物は鳥型で空を飛んできたとはいえ、あれだけ大きなものを見張りの兵や周辺住民の誰も目撃していないなど、普通では考えられない。

 何処からともなく突然街中に現れたとしか思えないのだ。そんな事は相当な腕の術者にしか出来ない。だったら誰が?

 人間よりも魔力の高い獣族ではないか。となれば自然と、とんでもなく低い確率でその場に居合わせた狼族の少年に疑いの目がかかるのは仕方がなかった。
 まだ幼い彼にその意思はなくともホズミを使った何者かも仕業、という可能性もある。

 だがしかし現状では何の証拠もなく、ユリスの花嫁であるハルが情を砕いてしまっている為取り敢えずは様子見をするしかない。
 ハルに懐いているホズミを見る限りは特に心配いらないような気はするのだけれど。

「で、実際のところどうなのよディーノ」

 ずいと身体を前に傾けてソレスタがディーノを下から覗きあげた。

「何の事を仰ってるんです?」
「ハルちゃんの事に決まってんでしょ。なんであの子が来たの」

 その質問はこの数日で何度となく繰り返されたものだった。ディーノの返事も毎度同じ。「私には解りかねます」だ。
 またか、というようなディーノの些細な表情の変化を目ざとく見つけたソレスタは、呆れたとばかりに顔を顰めた。

「貴方が呼んだんでしょうに。早くあの子の役割を見出してあげないと、教会に取り込まれるわよ」
「教会が?」
「フランツは表立っては言ってこないけど、神の御使いなんて大それた肩書持ってんですもの、そりゃあ喉から手が出る程欲しいでしょうよ」

 それこそ、初代の花嫁は神の御使いとして表に立って人々を惹き付け、聖剣と聖騎士という神の加護を世に知らしめ、教会に大きな利潤をもたらした。

 ハルも同様、又はそれ以上の働きを期待しているのだろう。上層部からは熱心にハルに会わせろとの要請を受けている。
 うかうかしていたら、口八丁手八丁で丸め込まれ良いように使われるのは目に見えている。
 
 かと言ってディーノにはハルがユリスに選ばれた理由が分らない。自分が望んだのは本当にこの子なんだろうかと未だ疑問だ。ハルに何かしてもらいたいとかさせようとも思わない。

 むしろ動けば騒ぎにぶち当たりそうで、じっとしていてくれと言いたくなるくらいだ。儀式の場で初めて姿を現した時から、ハルはタダでは物事を済ませていないような気がする。
 しかもハル自身に災難が降りかかってばかりだから目を離せない。

「ちょっと考え方を変えましょうか。ディーノもハルちゃんみたいな子が来るなんて予想外だったんでしょ? ならどんな子を想像してたの?」
「……魔物に対抗する要員ですので、男かと」
「男!? つまらないわね」

 つまるとかつまらないとかの話をしていたのだったか。ディーノは首を捻ったがサイラスは「正直者め」と笑った。

「どんな男だ」
「どんなと言われても……。私は聖剣を託すつもりはありませんが、魔物と戦える方であればと」

 以前のユリスの花婿がそうだったので、勝手に魔物と打ち合っても勝てるだけの力量のある人物が来るのだと思い込んでいた節はある。

「それじゃあ、その条件に当てはまる男とハルちゃんを交換出来るって言ったらどうする?」
「はい?」
「出来るわよ、極秘の裏技だからやった事はないけどね。このままずっと「どうしてハルちゃんなんだろうね?」なんて言い続けてたって埒が明かないし、ハルちゃん自身も不安と焦燥が増すばかりで可哀そうよ」

 可哀そうという言葉にずきりと心が痛んだ。それはずっとディーノこそが思っていた事だ。
 ハルはただ巻き込まれただけだ。ディーノが呼んでユリスに勝手に連れて来られただけの少女。

 本来彼女が何かしなければなどと思い詰める必要はない。ハルは被害者だ。今すぐ帰してあげられるなら彼女にとっても有難い話のはず。だけど

「新たに人は呼びません。誰であってもこちらの都合に一方的に巻き込んでしまう事に変わりない」
「でもそれじゃあ、ハルちゃんはどうするの?」
「どうもしなくていいんです」

 とても静かに呟いたディーノの声を聞いてサイラスは目を見開き、すぐに人を食ったような笑みを浮かべた。だが何も言わず先を促す。

「ハルは何もしなくていい。俺が魔物を今まで以上に狩って世界を早く正常な状態に戻せばいいだけでしょう」

 そうだ、ハルに何かさせようなんて思っていない。ここにただ居てくれればそれでいい。
 漸く出したその答えは、何の違和感もなくディーノの心にすんなりと落ち着いた。

 何も悩む必要などなかった。ハルが理不尽に連れて来られたこの世界で課された義務などあるはずがないではないか。
 ハルがすべき事はと考えるから答えが出なかったのだ。

「正常に戻ったこの世界に、ハルは居ないのだという事も忘れるなよ」

 サイラスは返事のないディーノに、何枚かの書類を渡す。
 受け取ったディーノはペコリと頭を下げて執務室を後にした。
 
 物言いたげなソレスタに気付いていたがディーノが立ち止まる事は無かった。
 




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