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 城内の美しい庭園で日向ぼっこなう。
 庭師の方々が日々手入れをしている見事な花木を思う存分愛でております。愛でながらも食べるモノは食べております。

 花棚の真ん中に設置されたテーブルにお茶とお菓子を並べてのんびりまったり。
 昨日の魔物騒ぎが嘘のように平和だ。
 
 芝生の上を駆け回ったり転がったりと忙しいホズミを微笑ましく見ていたわけだけど。うん、私も混ざる!

 どうしてなのかよく文系と勘違いされる私ですが、高校三年間ずっと陸上部所属の短距離走者でバリバリの体育会系だったり。百メートル走、本気出せば十二秒切ります!

 でも引退してから殆ど走ってないから身体はかなり鈍っちゃってるだろうなぁ。こっちに来てからというもの暴飲暴食の上運動不足気味だったし。

 軽いストレッチをして、ホズミの小さな体をロックオンする。

「ホオーズミイイイイーー!!」
「きゃあああああっ!!」

 全速力でホズミに向かうと、小さな男の子は満面の笑みで逃げはじめる。
 ふはは逃げろ逃げろ! だがしかし私はどこまでも追いかけていくぞホズミ!

 追いつきそうなところまで近づいて手を伸ばすと、ホズミの身体がガクンと低くなった。
 一瞬で子狼の姿になった彼は猛スピードで駆け去った。

「ちょおおっ! 四足走行は反則だよホズミ……!」

 ずるいずるい! それはさすがの私でも追いつけないよ!

「ていうか、どこまで行く気ーっ!?」


 庭園ではしゃぐ女子どもの声を聞きながら、王サイラスは執務室でクツリと笑った。

「随分と楽しそうじゃないの」

 窓の外を見やれば、戯れるというには速過ぎる速度で芝生の上を駆け抜ける子狼と少女がいた。
 この国の女性と比べると小柄なハルは実際の年齢よりも幼く見えがちだ。十八だと聞いた時は皆例外なく驚いた。

 十八にもなって全力で動物と追いかけっこをする女子は、少なくとも貴族の中にはいない。
 城の者からすれば異界より現れたユリスの花嫁は、かなり奇異に映っているだろう。

「しっかし狼族とはまた、やってくれるなあのお嬢ちゃんは」
「ホントよ。アタシもちょっと驚いちゃったわ」

 ソファに悠然と座る大賢者ソレスタは初めてホズミを見た時の事を思い出して苦く笑う。
 人にも獣にもなる獣族という種族は本来人間とは相成れない存在だ。
 彼等は人よりも高い身体能力と魔力を持ち、時に人以上の知能をある者も現れる。

 人間からすれば獣族は脅威だ。魔物のように純然と怖し襲うだけの生き物じゃない。人間と同じようにコミュニティーを築き文化を育む。ともすれば魔物なんかよりもずっと厄介で手強い的となる。

 しかもどの種族も言葉が通じない。獣族間であっても種が違うとコミュニケーションは取れていないと思われる。

 古今東西、世界が違っても言語や思想の違いは争いに直結するものだ。意思疎通が図れないのも互いの関係に亀裂を走らせる大きな要因となっていた。
 
 そんな獣族の中でも狼族の人間嫌いは有名だ。特定の集落を持たず常に各地を転々とする移民の種族。各地で人と衝突も多く、ごく稀にだが人を襲う事もあるという。
 ディーノが必死にハルからホズミを引き離そうとしていたのはそのせいだ。

 彼の心配を余所にハルとホズミは良好な関係を築いている。ホズミに人を厭う素振りは見られず、今も実に仲良さ気に駆けまわっているのだ。

 しかもハルはホズミと会話が成立している。ハルが狼族の言葉を喋れるわけではなく、ホズミの言葉が自動で自分の知っている言語に置き換わって聞こえるのだとか。
 ホズミも人間の言葉を多少は理解出来ているようだが、やはりハルの言葉は他の人とは違いはっきりと頭に入って来るらしい。

 ハルとこの国の人が最初から問題なく会話出来ているのも同じだろうと、それはソレスタの解釈だ。
 以前の花嫁や花婿もそうだったらしい。

「お前も大変だな?」

 目だけ向けられて、サイラスの近くに立って控えていたディーノは首を振った。

「私は何も」
「へぇ、お前が柄にもなくあれこれと世話を焼いているとあちこちから聞くがな」

 皮肉たっぷりに告げられてもディーノは黙っていた。こういう手合いは相手をすれば、それがどんな反応だろうとつけあがるばかりだと心得ている。

「でもちょっと気になるわよね」
「何が」
「狼族の子よ。あんな小さな子がどうして人間の町中に一人でいたのかしら。しかもドンピシャなタイミングで魔物が現れて? なぁんかあるような気がするんだけどね」
「まぁな、あの魔物の出現は確かに作為的だった」

 さっきディーノから渡された報告書に目を通したばかりのサイラスは、その内容を思い起こすように目を伏せた。
 突然王の膝元である城下町に出現した魔物は決して小物ではなかった。そもそも並大抵の魔物ではここまで入って来る事など出来ない。




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