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「獣族の魔力が、どうして穢れてるんですか」
「奴等は蛮族です。あれ等の魔力は人間のそれとは異なる穢れです! そういえばユリスの花嫁様は狼族の子を傍に置いているとか。奴等は害悪です。悪い事は言いません、すぐにでも手放した方がよろしい」
「ハル」

 ディーノが一歩前に出ようとしたので、ギッと睨んで牽制する。私の怒りの具合を見て取った彼は、諦めの表情を見せた。
 私が、ホズミを悪し様に言われて黙っていられるはずがない。
 
「神は」
「え?」
「神は人間以外は認めないと説くのか。獣族は穢れだと? この世界の神は文化や外見の違いで優劣を付ける事を良しとするのか。魔力の違いで差別をするのか。人ならば何を言っても、何をしてもいいと、神の許しをもらったのか。貴方は枢機卿だろう。神に仕える貴方の言動は、何一つ余すことなく神の意志に反していないと誓えるか」

 瞬きすら許さない。そんな隙を与えたくない。私は真正面に居る枢機卿のおじさんを睨みつけた。
 相手は何かを言おうと口を開いているけど、言葉にはなっていない。私みたいな小娘にこんな風に言い返されるなんて想像もしていなかったのか、目を白黒させている。
 
 一度火の点いた私は、こんなもんじゃ止まらない。
 
「我々の行動は全て、神に見られています。で、ですから、神の意に背けば、必ず神罰が下されるわけでして……」
「なら魔力に長けた子供に禁呪を施す事に罪悪はないのか。それによって作り出された者を地下牢に閉じ込めて殺そうとしたのもまた、神に許された行為だと。なら何故隠す? 神を崇めながら、何故自ら新たな神を作ろうとした」

 一歩踏みしめて前に出る。すると、相手は後退した。

「私は、神の遣いとしてこの世界に来たらしい。その私がこんなにも怒りを覚えるのはどうして? これこそが、神の御心だからだ。私は神の怒りを代弁しているに過ぎない。貴方達は神の不興を買った。間違いなく」

 言いたい事を言い終えた私は枢機卿から目を逸らし、彼らの横をすり抜けるように歩き出した。
 そしてすれ違い様に、捨て台詞を言った。
 
「貴方達の行為に神罰が下るかどうか、きっと降神祭が来ればはっきりする」

 もう後は振り返る事もせず、ずかずかと去ってやったわ。
 ああもう腹立つ。全然怒りが収まらない。でも言ってやったわ。あんな面と向かってガンガン責めたの生まれて初めてだってくらい、言うてやったわ。ははは!
 
「ハル、一体どうしたんですか」

 ええ、ええ。そうでしょうね。ディーノが戸惑うのもしかたがあるまい!
 普段から言いたい事は結構ばんばん言っちゃう私だけど、本気で攻撃する為に喋る事はあんましてない、つもり。

 やっぱ日本人の性というかなんというか、事は穏便に済ましたいなぁと思って、出来るだけ諍いに発展しないように言葉を選んだり噤んだりしちゃうよね。
 ある程度で留めちゃったり、自分の意志はそっちのけで話し合わせたりしちゃうよね。
 
 でも、今回はこれでいいの。
 
「だってアイツ、ディーノにした事、罪じゃないって言った!! あんなの許されるわけないのに! 一体どれだけディーノが苦しんだかも考えずに本人の目の前でよくもあんな……!!」

 あのおじさんが主導で動かしていたわけではないかもしれない。ディーノの件には直接関わっていないかもしれない。
 だけどだから何だ。直接関わっていなかったとしてもあの人だって教会の人間で、枢機卿なんてお偉い様なら裏で何をしていたのか全て知っていたはずだ。知っていて黙認したなら同罪だ。
 
 なのに、神罰が下っていないのだから、悪い事じゃないだなんて、馬鹿みたいな屁理屈をよくも言えたものだ。子供だってもっとマシな言い訳するわ!
 
「……ホズミの事で怒っていたんじゃないんですか」
「怒ってるよ! 当たり前じゃん! でも今はディーノなの! だって二人が、ディーノとブラッドが二十年もどうしてあんな……うぅ……なんでディーノ笑ってるのぉ……」
「ハルが、怒りながら泣くからだろ」

 なにそれ。
 泣くよ。泣くに決まってんじゃない。腹が立ち過ぎて、ムカつきすぎて。
 アイツ等は人の命を一体なんだと思ってるんだ。人々を救う神の教えを説く裏で、禁呪を使ってやりたい放題やって、それでディーノやマクシスに消えない傷を塗りつけて苦しみだけを与えて。
 
 ディーノは自分を消そうとまでしたのに。それが、どれだけ辛い選択だったか、なんでアイツ等は分らないの。彼らの命と心の重みを見ようとしないの。なんで知らないフリが出来るの。
 
「ハル」

 ディーノは掬い上げるように私の顔を両手で包み、涙でぬれる私の目尻に唇を落とした。呆然と私はそれを受け入れる。
 
「辛かった。長かった。けど、俺の所にはハルが来てくれた。ハルに会える為の二十年だったなら、俺にはあの苦しみは苦しみじゃない」
「ディーノ……」

 再度、今度は反対側の涙も拭われた。私はまた黙ってそれを受け入れている。
 恥ずかしくないわけじゃないけど、逃げようとも払いのけようとも思わなかった。
 ディーノの手の平の温かさも、唇の柔らかさも心地よいと、感じてしまったから。
 
 ディーノとブラッドに別たれていた二十年を、たった私と出会ったというだけの事で清算してしまおうとする彼を、少しだって拒絶するなんて出来ない。したくない。
 
 私の顔に添えられている彼の手に、そっと触れる。するとディーノはごくごく自然にまた顔を寄せてきた。
 だけど今度、彼が触れたのは私の唇だった。ゆっくりと優しく、押し付けられるだけの口付けだった。
 
「力を貰う為じゃ、ないからな」

 以前に何度か交わしたものとは明らかに違うその意味は、私を見つめるディーノの色違いの瞳が語っていた。
 
 私はそれをもう、拒絶出来ない。
 
 


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