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「きゃあああっ!」
「ちょ、大きい声出すなよ」
「だって、あれ! あんな……何てこと、お姉様がついにあの男に落とされてしまうなんて」

 ラヴィリアとフェイランはその小さな身体を物陰に隠しつつ、神殿の通路で堂々と見つめ合う聖騎士とユリスの花嫁の様子を観察していた。
 
 そしてディーノがハルに触れたかと思うと、徐々に顔を近づけ……そして彼女もそれを拒まず……と言う所でラヴィリアが悲鳴を上げた。
 顔を手で隠しつつもばっちり二人を見ているラヴィリアを、フェイランは胡乱気に見やった。
 
 更にそんな幼い王女と王子のやり取りを、後方から見守るザイが微笑ましく、マリコがハラハラしながら見守っているのだった。
 マリコが何に焦っているのかと言えば、勿論、気配に敏いディーノがいつこちらに気付くのかという事だ。
 
「全くあの男ときたら! 今までちんたらやっていたかと思えば、急にお姉様を懐柔しようと本気を出し始めたのかしら」
「隊長が本気を出せば、ハル様はひとたまりもなく落とされるでしょうね……」
「よく分かんないけど、二人が恋仲になってはいけないのか?」

 首を捻るフェイランに、マリコが苦笑する。

 元々二人は良好な関係を築いていたし、憎からず思っているであろうことは周囲も察せられた。
 だがハルは異世界からやって来た少女で、使命を終えれば元の世界へ還る。だからこそハルはディーノと何処か一線を引いていたし、ディーノもまた不用意にハルの引いた線の内側へ入るような事はしていないように見えた。
 
 その二人の微妙な距離感を知っているからこそ、周囲の誰もがあまり彼女らの仲を変えようだとか取り持とうだとかしなかったのだ。
 
 それがここにきて崩れたというのは、一体どういう流れなのか。
 
「二人は、そんな簡単に恋仲になんてなれないの」

 真剣な表情でラヴィリアはフェイランに説明した。
 
「だってそれじゃあつまらないじゃない! ディーノにはもっと苦しんで悩んで、挫折を経験してやっと手に入れるくらいが丁度いいの」
「ただディーノに苦労して欲しいってだけか?」

 ラヴィリアは一貫してディーノを目の仇にしていた。
 王女がいつも聖騎士に対して攻撃的な言葉を選んでいるのは、フェイランも知っているが、その理由は分らなかった。

「よく勘違いされるのだけれど」

 フェイランの思考を読んだわけではないのだろうが、ラヴィリアはディーノを見つめながら言葉を続ける。

「実は幼少時から傍に居てくれた騎士であるディーノに恋心を抱いていたのだけれど、全く相手にされないわユリスの花嫁が現れて勝ち目が全くなくなって、行き場のない思いが暴走して……だとかたまに侍女達に勘違いされるのだけど、全くそういう気持ちは無いの」
「お、おう……」

 表情一つ変えず、ディーノを見つめ……もとい睨みつけながらラヴィリアは言う。
 
「かと言って、憎いとも思っていないわ。ただ嫌いなだけ」
「……おお」

 もうなんと返事をして良いものかフェイランは困り果てていた。ザイをチラッと見ると、彼は「がんばれ!」とでも言いたげにニコリと笑った。とんでもなく役に立たない従者だった。
 
「でもお姉様と居る時のディーノはなんというのかしら、いいわよね。無様で」
「もうその辺に」
「あら褒めてるのに」

 どこかだ。ラヴィリア以外の三人の心の声が完全に一致した。
 
「と、年上が好きなんだろ? ほら、あの神官長とか」
「フランツ様? そうね。あの達観した感じがとても尊敬しているわ。昔はさぞ向こう見ずでやんちゃをされて、だからこそのあの肝の据わり方と落ち着きを手に入れたのだと思うと、ふふ」

 想像しただけで笑みがこぼれた。
 その笑顔だけを見れば、美少女であるラヴィリアに見惚れる子は多いだろう。だが語った内容があまりに子供らしくなく、しかも若干歪んでいるせいでフェイランは引くしかなかった。
 
「この国怖い」

 本音がつい出た。
 
「竜人の国の方に言われるなんて」
「竜人は、逆鱗に触れなければ基本的に温厚ですからね」

 母国のフォローをザイが入れた。
 獣人とも、人間ともまた違う竜人。神の眷属とも言われ、長寿で叡智に富んだ生き物だといい、ロウランの王族はこの竜人の血を引いている。
 その血が濃く現れた者は竜麟を持って生まれ、それを片時も離さない。
 不用意にそれに他者が触れることを、逆鱗に触れると言い、死ぬより恐ろしい目に遭わされるという。
 
 フェイランは竜麟を持っていないが、竜人の血を引いているのは確かなのだ。その者をマナトリアの国に入れるのには、実はそれなりに物議を醸した。
 
 尤も反対の色を濃く見せたのが、何を隠そう教会だったのだ。
 教会は本来国の政に介入したりしない。教会は各国に存在するが、決して国に属するものではないからだ。
 
 だが教会は癒着した院を使って強く反対した。その理由は色々あるが、どれも王達を納得させられるものではなかった。
 
「で、いつまでそこで見ているつもりですか?」

 全員がビクッと肩を跳ねさせた。マリコはもう冷や汗をダラダラと掻いている。フェイランもそわそわしていた。
 立っている場所こそ動いていないものの、ディーノがじっと四人を睨んでいた。
 その彼に隠れるようにハルもいる。というか、実際に隠れているのだろう。人に見られたくないシーンを見られてしまったのだ。
 
「やだ、見つかっていたわ」
「あれだけ騒いだんですから、まぁ見つかりますよね」

 動じたのは一瞬で、すぐに持ち直したのはラヴィリアとザイだ。悪びれる様子もない。
 
「お姉様不甲斐ないですわ、こんなに早く掴まってしまうなんて」
「す、すみません。いや数か月もよく持ったと自分を褒めたいくらいでしたが」
「お姉様にはホズミがいるから安心していたのに」
「まぁホズミは別枠で愛しいですけど」
「ハル?」
「すみません、なんかすみません。私とんでもないこと言ったみたいで! お願いだから笑顔で圧力かけないで!」

 真横から冷ややかな圧を感じてハルは飛び退いた。ほんの少し前まであった甘やかな雰囲気はもう消え去っている。
 
「で、ラヴィ様とフェイランくんはどうしてここに?」
「敵情視察です!」
「うわぁい、元気よく言い切ったぁー」

 どこで誰が聞いているか分らないというのに。
 胸を張って言うラヴィリアに、ハルは乾いた笑みをこぼした。
 
「うーん、でもまぁそういう事なら!」

 ぱちんとハルは手を叩いた。
 
「とりあえず朝ご飯食っていいっすか? 私もう死にそう」
「あ」

 きょとんと四人が目を瞬かせ、今思い出したとディーノがハッとする。
 そして力尽きたハルはへなへなとその場にしゃがみ込んだのだった。
 
 


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