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『今夜迎えに行くよ』

 少年の声だった。
 私、十九年近く生きて来て、正々堂々と夜這いを宣言されたのは初めてです。嬉し恥ずかし初体験です。
 
 いやいやいや、全っ然嬉しくないわ!!
 
 あのタイミングで、静電気がバチってなったのかなってドキリとした瞬間に脳にあの声が響いて来て、二重に驚いてしまって思い切り挙動不審になった私を、ディーノが怪しんだのなんのって。
 
 どうしたんですか、あの扉に何か仕掛けがあったんじゃないですか、俺に隠して一人で妙な事に首突っ込もうなんて考えてないでしょうね。
 
 口に出しては何も言ってこない。だけど目が雄弁に語っていた。あいつのあれは、私を完全に疑っている目だった。
 
 ちくしょう、私はそんなに信用がないのか。ああそうさ、悲しいかな自覚があり過ぎて何も言い返せない!
 後先考えず感情の赴くままに行動に移してしまう事が多いのは私ちゃんと自覚してる。普段それなりに良い子ちゃんしてるつもりなんだけど、ちょっとね、ちょっと油断すると出ちゃうよね。
 
 私の予想が正しければ、というかあの状況なら大抵の人が行き着くであろう予想は、あの声の主はマクシスなのではないかと。
 ね、思うよね。十中八九そうだよね。でも、だとすると何だ? マクシスは囚われの身なんじゃないのだろうか。
 
『この声が聞こえている人が居たら、どうか助けて!』

 とか言われるなら分かるんだけど、迎えに行くよって何さ?
 え、自由なの? 自由に神殿内闊歩出来んの? 割とフリーダムなの? という疑問が湧き上がってくるわけです。
 
 じゃああれはマクシスじゃないのか? ……それはそれで怖い! この神殿一体どんだけの未確認人物抱えてんの!?
 色々と規格外な人コレクションし過ぎじゃない!?
 ディーノに、マクシスに、更に新たな一人だと……? 私もうこれ以上横文字の人物名覚えられないってばよ!
 
 恐々としながら私は一人、夜を過ごす羽目になった。
 
 しっかし、あの声の主がマクシスであろうとなかろうと、この部屋へ誰かがやって来るという事には変わりないのよね。
 大丈夫なんだろうか。それは結婚前の女性が、夜中に部屋へ誰かを招き入れるのは……とか、そういう一般論じゃなく。
 
 この私の隣の部屋には、ディーノという名の最強セコム様がいらっしゃるのだという事だ。
 ここで何かあればすかさずすっ飛んで来ると思うんだよね。ディーノに気配を察知されずに入って来るとか無理だと思うし、私がこの部屋から出たら、それこそ一発でバレる。
 
 だってあの人、その気になれば私がどこにいるか大体は把握出来るっていう、恐ろしい発言をその昔ブラッドだった頃してたよね。あれ絶対今もやろうと思えばやれるよね。
 
 この事実について考えると、取り外し不可のGPSを付けられてるようで、とても微妙な気分にさせられる。ので、普段は考えないようにしてるんだけど。
 
 そして万が一、ディーノに気付かれる事無く迎えが来たとして、私はその人についていって良いものなのかどうなのか。十中八九、連れて行かれるおはあの扉の向こう側だろう。
 
 あの扉については、あの後フランツさんに説明しておいた。
 
「ディーノが本をグイって押したらガーって扉がドーンって出てきた」

 と。ん? という顔を一瞬されたけど、すぐに笑顔で「確認しておきますね」と言ってくれたフランツさんマジジェントル。
 
 あの扉の向こう側に居た人物が、態々夜に私の所まで迎えを寄越して連れて行こうとする、その意味が分からないほど、私は馬鹿じゃない。
 ただ単に会って話がしたかったのなら、あの場で扉を開けて入れと言えば良かったのだ。
 
 それを、私にしか聞こえない方法で、私だけを連れ出そうとする。つまりディーノが傍にいると不都合だという事。
 ディーノと顔を合わせられない人物なのか、それとも話の内容がディーノに聞かせられないものなのか。私だけの方が抱き込み易いと踏んだのか。
 それとも他に、何か事情があるのか。
 
 何にも出来ない私が、たった一人で赴くその危険を冒してまでついて行く事に意味はあるのか。

 私が拒否すると、相手は思わなかったのだろうか。それとも強制的に連行するつもりなのか。分らなことだらけだ。
 
 なんてつらつら考えている間に、結構な夜更けになってきたんだけども。ベッドで寝返りを打ちつつゴロゴロとして過ごす。
 あー丑三つ時って何時くらいの事を指すんだっけかなぁーとかどうでもいい方向に思考がずれ始めた時だった。
 


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