▼page.6 「ハル」 「ん……? あれ、ホズミだ起きてたの? 眠れないのね、こっちおいで」 寝つきのいいホズミが、こんな時間まで起きてるなんて。 手招きするとベッドへ上がってくる気配があった。にじり寄ってくるホズミの小さな身体を抱き締めて私の隣へ寝かせようとして、はたと気づいた。 「え、なんでホズミがここにいるの?」 そうだ、私いつの間にかウトウトしていたみたいで思考が散漫になっていたけど、ここはいつもの私の部屋じゃない。ホズミが居る筈がないのに。 も、もしかして夜になっても戻らない私を探してここまで来ちゃったのかな。 「迎えに来たよ」 「……へ?」 「迎えに来た。行こう、待ってる」 ちょ、ちょい、ちょい待ちなされ、少年よ。 お姉ちゃんに事情を説明しておくれ。なんだか分りそうで微妙に付いて行けておらんのだよ。 『今夜迎えに行くよ』 迎えってまさかホズミの事だったの!? 「ほ、ホズミ? 行くってまさか、あの図書館の扉の事を言ってらっしゃる?」 「うん」 そうだよ、と当然のように頷かれても私はどうリアクションを取ればいいというのか。 なに? どういう事? ホズミが使いパシリって、この天使にそんな冷遇させるなんてどんなだよ、あの声の主とやらは! いや違う、今そこクレーム入れてる場合じゃない。 「ホズミ、あんた一体どんな友好関係を築いてるの!? 私心配だよ!」 ブラッドの時といい、怪しげな人にばかりホイホイされちゃって! ……私はその怪しげな人の中に入ってないと思いたい。 「大丈夫。ハルに怖い思いさせないって言ってた。僕もいるから、大丈夫だよ」 ズキューン! わたしのしんぞうがうちぬかれるおとがした! くああああ、可愛いし最近とみに格好よくなってきたと思いませんかウチの子! 数か月前にも同じような事を言われて、同じようにトキめいたような気がしなくもないけどまぁいいや! まぁ、確かにホズミなら大丈夫だろうし、大丈夫じゃなかったとしたらホズミをそんなヤツと一緒に居させるわけにもいかない。 となれば、ついて行くしかあるまい。相手の手の平で転がされてるとは思うけど、こればっかりは仕方がない。 「でも、ディーノが」 「それも大丈夫。気配を辿れないようにしておくって言ってた」 声の主何者!? すっげぇな! やっぱマクシスかな。神様もどきだって言ってたものな。それだったらディーノを出し抜くだけの力があっても不思議じゃない。 ああしかし成程、さっきホズミが私のすぐ近くまで全くこれっぽっちも私が気付かなかったのは、そのせいだったのか。 流石に部屋に入ってきたら、私でも気づくはずだもの。さして広くもない部屋なんだから。 そんなわけで、私はホズミに手を引かれながら、またあの図書館へと逆戻りしてきた。 昼間以上に、大きな扉の存在感が増しているような気がした。 そっと手を翳すと、半ば自動的にゆっくりと扉が開く。私達を招き入れる為に。 扉の奥は下り階段になっていた。暗くひんやりとした石階段をどれ程下っただろう。ほんのりと灯りが漏れる部屋へと抜けた。 何もないだだっ広い部屋だった。 いや、何もないわけじゃない。たった一つ、部屋の中央にぽつんと置かれた物が異様な程の存在感を放っている。 天井から地面まで伸びたガラスの円筒。その中は液体が入っているのか、不思議な色彩がゆらゆらと揺らめいている。 そしてその中に、小さな……出会った頃のホズミくらいの歳の少年がフワフワと浮いているという異様な光景に、私は言葉も忘れて立ち尽くした。 足が竦んで近づけない。 『葛城 悠、怖がる事は無いよ。僕は君に危害を加えるつもりはない』 静かな声は、昼間に私の脳に直接響いたものと同じだった。 にこりと微笑む少年は確かに悪意らしきものは感じない。だけど違う。私が驚愕したのはそんな理由じゃない。 「なんなのその服!?」 何故かその少年は、黄緑色のアマガエルの着ぐるみを纏っていた。 顔の部分だけが出るようになっているツナギタイプのものだ。 そんなのが、水中にふわふわ浮いてんのよ!? 怖くて怖くて近寄れるわけがない! 地下室の中心で、ツッコミを叫ぶ。 『え、これ可愛くない? どうして異世界人には不評なのかなぁ。君達の世界で見つけたものなのに。興津上総にもえらくツッコミを入れられたよ、懐かしい』 興津さんが? 私と同じツッコミを? そりゃそうだろうよ! 前 | 次 戻 |