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 いつ見ても荘厳な雰囲気を醸し出している。
 フランツさんに頭を下げられたとあっては、頼みを無碍に断るなんて出来ないので、教会へと赴いてきたわけですね。
 
 決して王妃様に逆らっちゃいけないと本能が告げたとか、王様の嫌がらせを受けそうだからとか断ったらどうなるか分かってんだろうなってラヴィ様の無言の圧力が怖かったとか、そういう理由ではない。
 なんだあの王族達、ホント怖い。
 
 そんなわけで、只今ディーノと共に大理石で出来たおっそろしくお金掛かってそうな教会へと足を踏み入れたわけですが、ここにはいい思い出ってないんだよね。
 ホズミが謂れの無い非難をされたり、ブラッドが地下牢に捕えられていたり……思い出すだに腹が立つ。
 
 あのオッサンに会ったらどんな目に遭わせてくれよう、まったく。そんなちょっぴり物騒な事を考えながら中に入った。
 
 重い扉を開くとずどんと真ん中に広い通路があり、その両サイドには太い柱が数本ずつ等間隔に立っていて、その一つ一つに神様の偶像が彫刻されている。
 一本の柱の前で私は立ち止まった。ユリス……ではなく、豊穣の女神フレイアだ。
 
「この鏡って、ディーノが壊したやつだよね」
「そうですね」

 私の嫌味にも聞こえるだろう言葉に、にこやかに返したディーノ。
 
 フレイアが大事そうに両手に抱えて翳している鏡は、普段は長閑なキリングヴェイで大騒動を巻き起こした末、ディーノが聖剣の力で粉々に壊してしまった。
 長い歳月を掛け、人々の欲望を吸収し続けたことで、最早神具と呼べるものではなくなり、魔具と成り果てていたからだ。
 
 魔物を呼び寄せ、街がメチャクチャに壊されそうになって、事態を収拾するには鏡を破壊するしか道は無かった。
 とはいえ、神によって齎された道具を壊してしまう力を持ったディーノの実力って、本当に計り知れない。そんな人にボディーガードみたいな事をさせてるなんて、日本で生きてた頃には全く想像もつかなかったよね。
 
「なんかキリングヴェイじゃ、普通に誰でも持ち運び出来てたし、あんま有難味感じなかったけど、こうやって見るととんでもないものだったんだね」

 一応鍵のかかる所に保管されてたみたいだけど、あっさり盗まれちゃうようなお粗末さだったし。毎年お祭りに普通に使ってたらしいし。
 宝物庫に貴重に保管されてるだろってなもんなのにね。
 
「まぁ神具とは言っても、そもそもは万人に扱える程度の力しかない物でしたから」

 魔具になってしまったからこそ、危険な代物になってしまったものの、元々はさしたる力を持たない鏡だったという。
 いやぁだからってねぇ。
 異世界人の私との価値観の相違をまざまざと見せつけられた気分だ。

 ほげーっと彫刻を眺めていると、複数の足音が近づいてきた。
 布ずれの音に何だぁ? と目を向け、私は即座にディーノの後ろに下がった。
 怖い! 神官様方の集団だ怖い!
 
 長い、そして高価そうなローブ引き摺って歩く神官様方がぞろぞろと歩いて此方へやって来る。
 ひぃぃ、私か。私の所にやって来ているのか。
 イメージ的に、病院で院長が総回診で颯爽と歩いている、そんな感じ。
 若しくは社長が秘書やお偉いさん方を引き攣れて社内を歩いている感じ。
 
 通路の隅っこに寄って、大名行列が過ぎ去るのを只管頭下げて見送る農民の気分だよ私は!
 
 しかし現実はそう簡単にはいかない。
 彼等は私とディーノの前に来ると、ピタリと足を止めた。
 
「ようこそおいで下さいました、ユリスの花嫁様」

 品の良さそうなおじ様が紳士的な立ち居振る舞いで頭を下げた。
 私はすっと目を逸らす。
 そんなやり取りをシレッと見ていたディーノが、溜め息を吐いてから口を開いた。

「過度な出迎えは止めていただくよう、伝えておいたはずですが」
「そうは言われましても、まさかユリスの花嫁様が来て下さるというのに、知らぬ素振りが出来る筈がありません」

 無表情無感情なディーノに対し、神官様はとてもにこやかに返している。
 数名いる神官を窺い見てみたけど、そこにフランツさんの姿は見当たらなかった。
 はぁなるほど。この人達の独断で来たってわけか。

「我々はロウラン支部より、降神祭の手伝いに参った者です。是非お見知りおきを」
「ロウラン」

 思わず反応してしまった。
 私が口を開いた事で、ここぞとばかりに話を繋げようと笑みを浮かべた神官様。
 
「ええ。現在フェイラン王子もこちらへ滞在なさっておられるはず。お会いになられましたか?」
「ええ、まぁ。挨拶程度は」

 どう答えたものか分らず、適当にぼかしてみた。
 実際には朝食に押しかけられたり、会うたびに何故か文句を言われたり、からかったりする間柄なんですけどね。
 
「フェイラン様は少し気難しい所もございますが、とても聡明で気の優しい方です。ユリスの花嫁様ともきっと良き友人となられるでしょう」

 はぁ。うーん、何が言いたいのやら。
 神官様の真意が分らず、適当ににこりと笑って頷いておいた。変に返事をしたら危険な気がしたから。
 
「ところで私が来るからと、一般の方達の出入りを一時的に制限していると聞きました。私はここへこの世界の知識を深める為に来ただけなので、参拝に来られた方達は是非いつも通り受け入れてあげて下さい」

 王都の教会は、ここに住む人達だけでなく、遠くからの旅人が訪れる事も多い。遠路はるばるやって来て、中に入れませんでしたなんて悲し過ぎる。
 私がここにいる限り、沢山の人に迷惑が掛かってしまう。
 だからさっさと奥に引っ込みたいんですと暗に匂わせてみたけど通じるかどうか。
 
 ディーノをチラリとみると、軽く頷いてみせてくれたので、多分大丈夫だろう。
 
 その後も、なんやかんやとくっついて来ようとする神官様をディーノが笑顔で華麗に突き放し、なんとか図書室に逃げ込んだ。
 



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