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 地球人が魔法を使うなんてのはあり得ない。あっちにだって魔女だとか魔の力っていう概念は確かにあるけれど、それを駆使する人っていうのは現実的に考えていないというのが一般的。
 
 私だってそんなファンタジーはあっちの世界にはないと思っている。思っていた。
 マジシャンと呼ばれる人達もあれはちゃんとトリックのある奇術師なわけで、種も仕掛けもなく火を吹くとか瞬間移動するとか、そんなものあったら、あそこまで科学は発展しなかったろう。
 
 なのにたった今目の前で興津上総という人は、魔法を使って見せた。
 
「魔法少女なんて私だって信じられなかったわ。日本にいた頃なら相手の尊厳ぶっ壊す勢いで馬鹿にしただろうけど、こうやって自分がなっちゃったらそうも出来ないわよねぇ」

 くるりくるりとバトンの要領で杖を回す興津さんに、ぎょっと目を剥いた。
 
「魔法少女!? 興津さん確実に社会人ッスよね!? イタイよ!!」
「分かってるっちゅーねん! 私も言われた時ドン引きしたわ! だから魔女って名乗ってんじゃねぇかっ!!」

 さっきから興津さん口悪い……。舌巻くように喋るからちょっと怖い。
 ずっと身を乗り出し気味に喋ってた私がすっと引いたのに合わせて、黙っていたホズミが私の膝の上に乗ってきた。あ、狼の姿になってる。
 
 私の膝に乗って、前足はテーブルの上に。ちくしょう、どんだけ可愛いんだよホズミ!
 まだ新しい可愛さを隠し持ってたなんて罪深い子だよ、どうしようもないな。
 
 無防備に私に背中を見せるホズミを後ろから抱きしめてホクホクとていると、頭をがしっと掴まれた。
 な、なに!? 振り向くとニッコリ笑うディーノがいた。ひっ! 笑いながら怒らないでめっちゃ怖っ!!
 
「魔法少女なんて初めて聞いたけれど、言われたというのは何方(どなた)かに、ですわよね?」
「ええ。ですから、神様にです」

 本当、見事としか言いようのないくらい瞬間的に礼儀正しくなってみたりぶっ飛んだりと、すごい態度の高低が激しい人だ。
 
「神様に、会ったんですか?」
「ええ。というか貴女は会った事がないの? なのに神の使いを名乗ってたなんてね」

 完全に馬鹿にされた。
 ああいいよ、そっちがその気ならなぁ!
 
「ハルは黙っていて下さい」

 口を開きかけた私を制するようにディーノが喋った。
 ていうか、何その言い草! 私が喋ったら話がややこしくなるとでも!?
 
 私とホズミが同じタイミングでディーノを見上げた。あんた何言ってくれちゃってんの、と私は睨んでるしホズミは若干歯を剥いている。
 しかしディーノはまるで私達が見えていないかのように華麗にスルーしてみせると、興津さんを真っ直ぐに捉えた。
 
「ユリスの花嫁は、聖騎士である私が望み神がこの世界に遣わせた方です」

 興津さんはに三日月型に唇を持ち上げる。
 知っているという意味なのか、半分以上ヴェールに包まれているからよく分からない。
 
「私は、聖騎士の使命は魔を打ち払う事と、ユリスの花嫁を何に代えても守り抜く事だと思っています。その為に神に聖剣を託されたのだと」

 手を翳すと音もなく聖剣を出現させたディーノは、それをそのまま私の方へと差し出した。
 意味が分らず首を傾げながら、恐る恐る手に取る。
 
「この剣は私がユリスの花嫁に捧げる意志そのものです」

 はっとディーノと剣を交互に見た。
 自らの命を賭しても守り抜く意志のその表われ。
 
「ハル、それを魔女殿に渡して下さい」
 
 え? 聞き返そうとしたのに、喉が張り付いているみたいに声が出なかった。
 ディーノはただ私を見返してくるばかりで、何を考えているのかさっぱり分らない。
 
 何の力もない私はやっぱり間違えて連れて来られて、本物のユリスの花嫁は興津さんだったという事だろうか。
 ディーノが守るべきは興津さんだから、彼女に渡せっていいたいのかな。
 
 聖剣を握る手が小刻みに震える。緊張で汗ばんでどんどん指先から冷えていくのが分かる。
 
 鞘がなく刃がむき出しになっているけど、握っても肌傷つく事は無かった。

「…………」
「あらどうも」

 無言で興津さんへと差し出すと、彼女は軽いノリで聖剣に手を伸ばした。
 私が触っているからか、平然と刃の部分を掴む。
 
 その、彼女の爪先まで綺麗に整えられている手に聖剣が渡った瞬間、パァと目が眩むほど光が走った。
 
「な、なに!?」

 ここにいたみんなが目を瞑ったり手で覆ったりしながら、状況が把握できずにキョロキョロとしている。
 私もその一人で、視界がチカチカしてよく見えないながらも辺りを見渡していると、この中でディーノと興津さん二人だけが冷静にただスッと立っているのに気付いた。
 
「ディーノ……?」
「ご覧の通りですよ」

 ……? ご覧の通りと言われても、何も見えないのですが。むしろ視界が遮られてしまっているのですが。
 ぽかんとする私に彼はクスリと笑った。
 徐々に元に戻ってきた目で確認する。けれど、うん、ディーノが何言いたいのかさっぱりだわ。
 



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