▼page.6 「聖剣はその魔女を拒みました」 「えっ!?」 驚いて振り返り興津さんを見てみると、彼女の手には何も握られていない。 「さっきの光は、聖剣が不当な者の手に渡った際の拒絶反応です。この剣は自ら手にする者を選ぶように出来てますから。その点ハルは普通に持ててましたよね」 にこりと、ディーノをよく知らない女性が見たなら一瞬で恋に叩き落されそうな甘い笑み。 しかし私とマリコさんはひくりと頬を引き攣らせ、ラヴィ様は「けっ」とお姫様としてやっちゃいけない態度だし、王妃様は「奇術師みたいねぇ」と相変わらず。 興津さんは……紅を綺麗に引いた唇をへの字に曲げていた。 「ちっ、やっぱ無理かぁ!」 ヤケクソになっているような、吐き捨てるような一言だった。 「あんま期待はしちゃいなかったけどね。……ヨエル!!」 彼女がさっと片手を上げたと同時に旋風が巻き起こった。興津さんを守るように風の壁を作る。 木々の間から飛び出してきた人物が彼女の傍らに立った。 ひょろっとした細身の青年だった。真っ白な髪に赤い瞳、耳は細く長い。 う、ウサギだと!? 兎族だ、獣族だ!! バニーガールならぬバニーボーイですか何だそれテンション上がる!! 「ホズミ!」 野生の血が滾るのか、ウサギを見た瞬間から毛をざわざわさせていたホズミに合図を送る。 すると待ってましたと言わんばかりにホズミはテーブルに乗り上がって、そこから興津さん達目掛けてジャンプした。 くるりと空中で一回転して人型を取ると、爪で引っ掻いて風の壁を見事に破る。 内側に侵入したホズミは迷いなくウサギの青年を標的に定めて飛びかかった。 狩猟本能むき出しだ……。普段のホズミはどっちかというと温厚なタイプだから、ああいうの見るとビックリするよね。 「殺しちゃダメだよ!!」 私の声がちゃんと届いているかは疑問だけど、一応釘は刺しておく。危なくなったらディーノに泊めて貰わなきゃ。 ウサギさんの方がかなり年上っぽいし、上手くかわしているから多分だ丈夫だろうけど。 はいさて、じゃあ今のうちに。 「興津さん! あなたはどうやってこっちの世界にやって来たんですか、何が目的ですか」 「言ったじゃない、私は無理やり連れて来られたの。マクシスとの約束を果たさなきゃ日本に帰れない」 「マクシス……?」 ずーっとずーっと存在感を消去していたザイさんが、初めて口を開いた。 呆然とした様子で、自分でも気付かないうちにといった風な呟き。 「お前、マクシスを知っているのか!?」 「あらお兄さんあのペテン師の知り合い?」 「あいつは今どこにいる!?」 「そんなの私が知りたいわよ! 探してんの、いないから困ってんの!」 焦っているザイさんと苛立っている興津さんの掛け合いは、何とも実りのない水掛け論になっている。 お互いマクシスという人物の所在を知りたがっていて、でもどっちも全く有益な情報を持っていない、っていう感じかな? マクシス……聞いた事ないなぁ。 「ザイ!!」 同じく空気と化していたフェイランくんがぴしゃりと従者をいなした。 我に返ったザイさんが頭を下げて黙る。 興津さんは舌打ちをしながら長い杖をまた出した。 「ヨエル、退くわよ」 カン! と木の幹に杖を当てた瞬間ぶわりと風がまた舞って、忽然と二人の姿が消えた。 「一応、城内をくまなく探せ。警備を固めろ」 「街の方にも兵を送りますか」 「いや、深追いしなくていい」 マリコさんに指示を出しながら、ディーノは興津さん達が見つかるとは思っていないようだった。 念のためといった指示なんだろう。 私も、彼女達が見つかるとも、すぐまた危害を加えてくるようにも思えなかった。 そもそも興津さんは私達に向かって攻撃を仕掛けてくるようなことは無かったのだから。 ウサギの彼もホズミに対して防戦一方だったし。 目的は、ただマクシスという人を見つけて日本に帰る、それだけなのだろう。 「……ディーノ、マクシスって?」 「さぁ心当たりのない名ですが。その辺りはロウランの方々に窺った方がいいでしょうね」 ひどく冷静、というか若干面倒臭そうにチラリとフェイランくん達を横目で見る。 最近めっきりディーノの性格が冷めていってる気がして私ちょっぴり悲しい。これが元来の彼の姿だと言われたら仕方ないんだろうけれど。 「まったく、ランチが台無しだわ」 スカートを払うラヴィ様もやれやれと言った表情。 「フェイラン様、ザイ様。御話は追ってお伺いいたしますわ。今はわたくし達も冷静に聞ける状況でもありませんし」 これまた冷めた表情で王子達を一瞥した。ラヴィ様強し。 「ではお姉様もお部屋へ帰りましょう?」 十二歳の女の子に促されて私とホズミは無言で頷いて後に続いた。王妃様もにこやかについてくる。 ディーノとマリコさんは現場に残って後処理だよ。いつもの事だけど本当ご苦労様です。 前 | 次 戻 |