▼page.2 実際には従者の方々はついて来てるんだけど、親元を離れてるんだから一人なのと大差ないだろう。 うんうん、と頷いてると「違うと言ってるだろ!」とテーブルを叩いた。王子のクセにはしたない。 見なよ、後ろで護衛兼侍従のお兄さんがハンカチで目元覆って泣いてるよ。 あ、ちなみにルイーノは私の後ろでニヤニヤ傍観してるからね。私がこのお子様を持て余してる様子とか、フェイランくんが私の言葉に逐一大袈裟に反応してるのとかが実に見てて楽しいらしい。ドS! 「ハル、おはよ……」 「おそよう、お寝坊さん」 随分と遅れて寝室から出てきたホズミは、まだ寝足りないというように目をこすりながら私の隣にぽすりと座った。 私の肩に頭を置いて今にも二度寝を始めそうな勢いだ。 くぅあああっ! 今日も今日とて悩殺ものの可愛らしさだ! 最近ホズミは睡眠時間がとても長い。獣族特有の成長期に現れるものらしい。 彼等は体内に魔力を大量に温存しておく生き物なので、子供から大人に成長するときにその許容量も随分変化する。 その違いに身体がすぐに追いつけないから、蛹が蝶に羽化するときのように眠りについてゆっくりと身体を造り変えるらしい。 つまりホズミはそろそろ成体になる準備を始めているという事。大人の階段を上っていっているという事。 ホズミ……大人になっちゃうのね!? 私としてはこの辺で成長止めちゃって欲しいくらいなんだけど。 今だってもう、ぎゅって抱き着いても腕の中に納まりきらなくなってきてるっていうのに。 「き、貴様今……寝室から……!」 ホズミを指さしながら顔真っ赤にして口パクパクさせるフェイランくん。 「おんやぁ? フェイランくん何想像したのかなぁ? 破廉恥だなぁー」 「は、はれんちだと!?」 真っ赤なほっぺを人差し指でぷにぷに押す。子供特有の柔らかさがとても気持ちいい。 前までホズミもこんなだったのに、今じゃちょっと肉が削げてシャープになっちゃったからねぇ。 いつまでもいじくっていると、勢いよくバシッと払い落とされた。 「ぶ、無礼者!」 「フェイラン様……ユリスの花嫁様にそのような」 「ああいえ、今のは私が悪いので」 後ろに控えていたお兄さんが控えめにフェイランくんを嗜めようとしたけど、確かに今のは私の度が過ぎた。 だって楽しいんだもーん。 しかし流石王族。無礼者だなんて、現代日本に住んでたらなかなか聞けない言葉だよ。 ホズミの頭を撫でてあげながら苦笑する。 本当に、さっきのは私が悪かった。フェイランくんが私の手を叩いたときにホズミの空気が一瞬で尖ってヒヤリとした。 この子には相手が王族だとかは関係ないんだ。自分の敵だと思ったら迷わず攻撃する。 お兄さんが間に割って入ったのだって、きっとホズミの変化を察知しての事だろう。 腰に提げてる剣は飾りじゃないはず。 私がもっと気を付けていないとホズミが誰かを傷つけるか、ホズミが傷つけられるかしてしまう。 「そういやお兄さんの名前、お聞きしてなかったですね」 「私、ですか?」 「はい。あ、私はハルといいます」 「申し遅れました。私はザイと申します。フェイラン様の身辺警護を仰せつかっております」 なるほどなるほど。ザイさんね、覚えやすくていい名前だ。 「ハル様ー、そろそろディーノ様が迎えに来る頃ですよ。早くご飯食べて準備してくださーい」 「はーい」 お行儀が悪いのはこの際目を瞑って、私は目の前にある皿に乗っているパンをそのままパクリと頬張った。 さてそろそろ今日も働かなきゃですね。 キリングヴェイから帰って来て、私の毎日は少し忙しくなった。 ユリスの花嫁として本格始動というか、そろそろ本気出して私に課せられた使命とやらを見つけ出す為に動き出したというか。 いえね、私も含めてみんな何となく、ディーノとブラッドの問題解決がカギを握ってるのだと思い込んでた節があったんですね。 あの規格外最強男子一人のせいで世界のバランスが崩れかねないっていう大問題だったらしいので、彼が本来の姿を取り戻す事が、今回私が呼ばれた理由だったんじゃないかと。 だがしかし、ディーノとブラッドが一人に戻って暫くしても、なーんも起らなかった。 私は今もこうして異世界ライフ満喫中。 これは一体どうした事か。 ソレスタさんと頭付き合せて暫く考えてたけど何も思いつかず。 以前ソレスタさんが、これから起こる事象に備えて先に私が遣わされた可能性もある、みたいな事を言っていたからそれだろうか? まぁ取り敢えずは、これまで以上にこの世界について見聞を広めて様子をみましょうなどというぼんやりした解答を導き出して今に至る。 さて、では今日も一日、日本に戻る為の足掛かりを探しに奔走しますか! 「だから! お前は人の話を聞いているのか!?」 あ、フェイランくんとザイさんの存在また忘れてた。 前 | 次 戻 |