▼崩れる日常1 いつもの夜はこうだ。 まず先にホズミがうとうとしてくるので、頃合いを見計らってベッドに連れて行って寝かしつける。 それから暫くルイーノとお喋りしたり、たまに来客があってやっぱりお喋りしたり。 夜が更けてきたら私も寝室へ。 するとベッドのど真ん中で狼姿のホズミがひっくり返って熟睡している。 お腹出して完全に無防備だ。 ダイブして抱き着きたい衝動を必死で堪えて、そっとそっとホズミの身体を持ち上げて掛け毛布の中に入れて私も潜り込む。 ふわふわの毛に額を押し付けて夢の世界へ。 朝になったらホズミが毎日ベッドのあらゆる場所に移動してて、それを微笑ましく数分見つめてから起こしてあげる。 ホズミを拾ってからずっと変わらない一連の流れ。 昨日の晩もそう、ホズミのお腹に顔を埋めて眠りに落ちたはず、だったんだけど。 普段はルイーノが起こしに来るまで熟睡している私だけれど、今朝に限っては違った。 寝ていても違和感があったのかもしれない。 背中に温かなものが当たっていて、しかもウエスト締め付けるように何かが巻き付いて……。 ホズミが人型になって抱き着いて来てるのかなぁ? と寝ぼけた頭で考えて、それならまぁいいかとまた目を閉じた。 うんしょ、と寝返りを打ってホズミの方を向く。 「……っ!?」 ほとんど目を瞑ってたんだけど、うっすらと目に入った光景に心臓がドクッと大きく振動した。 悲鳴を上げそうになって手で口を押える。 (な、なにこれえええええっ!!) 声にならない悲鳴を心の内に留めておくことの難しさよ。 有り得ない近さにある顔……! 見慣れたホズミだったなら、あらあら可愛いわねってなもんだけど、私のすぐ後ろにいたのはもっとずっと大きい少年だった。 私が動いたせいで寝心地が悪くなったのか、眉を寄せる顔は幼さを残しつつもどこか色気がある。 浅黒い肌に艶やかな茶の混じる黒髪。耳は人間とは違う獣のもの。 恐る恐るその耳に触れてみるとピクリと揺れた。ほんもの! じゃ、じゃあもしかしてこの子は…… 「ホ、ホズミ……?」 言ってみたものの。まさかぁ。有り得ないよね、ホズミはまだ五歳児くらいの小さな男の子なんだもの。 なんで一晩で急成長するのよ、ないない。 だったらこれ誰ぇ!? お、面影あるんだよホズミの。え、血縁の方ですか? 待て私ちょっと落ち着け! 血縁だとしても同じベッドにいつの間にか入って来るとかおかしいから! あああ、それにしてもイケメンだな、大人になったらエロい感じになりそうだけど。 よし段々冷静になってきた。 未だ目覚めぬスリーピングビューティーさんをガン見し終えた私は、そろそろルイーノが起こしに来る時間だと察知して身体に巻き付いてる彼の腕を剥がしにかかった。 この謎イケメンと同衾の疑いを掛けられちゃ乙女としての名誉にかかわる。 「んん……」 お、起きるか!? ぴくりと瞼が揺れてイケメンがゆっくりと目を開けた。 金色の瞳が現れて、すぐに細められた。 「おぅわ」 彼は眠たいと言いたげに耳を一度ぺたりと伏せてから、私がごそごそするのが鬱陶しいと腕に力を入れて動きを封じてきた。 きゃああああ! べべ、べったりと身体をくっつけて、だ、抱き……! 婦女子に対して何してるのよあなた!? しかも頭に頬ずりしてくるのやーめーてー! パニックになる私を余所にまた寝入ろうとしてるこのイケメンが憎い。 「ハル」 「きゃあああっ!」 今度こそ声に出して悲鳴を上げてしまった。 耳元で掠れた声で名前呼ぶなー!! 全身にぞわーっと鳥肌が立った。 「あれぇーハル様もう起きてるんですかぁー?」 「うわあああっ!!」 私の大声を聞きつけてルイーノが寝室に入ってきた。彼女は基本的にノックしない。 男に抱き着かれてベッドで横になってる所を見られるわけにはいかない! と瞬時に判断したかどうか自分でも分かんないけど。 私は咄嗟に男の胸をあらん限りの力で押して身体に隙間を作り、そして流れるような動作で腹を蹴りつけた。 げふっと大変不吉な声をあげた男は、ベッドから転げ落ちるような事はなかったけど腹を抱えて蹲る。 「ハル様……」 「は、はい!」 「男の方を連れ込む場合は事前に仰っていただけると、あたしとしても助かるんですけどぉ」 「違う! 断じて違う! この人が勝手に」 「夜這いですかぁ!」 な ん で嬉しそうなんだよ!? 私が傷物になってもいいって言うの!? ドSだとは思ってたけど、そんな血も涙もない人だとは思ってなかった。 ショックで打ちひしがれていると、ルイーノはすたすたとベッドの傍までやって来た。 「さぁさて、では瀕死の犯人さんに留めを刺してあげましょうかねぇ。新作の劇薬があるので試したかったんですよぉ」 それが目的か。私が襲われるよりもそっちのが重要か。 「て、あれれ? これ、ホズミそっくりじゃないですかぁ」 男の顔を覗き込んだルイーノが小首を傾げた。 無情にも蹲っていたのを無理やり引っ張って顔を上向かせておいて、そんな可愛らしい仕草しないのよ。 「やっぱそうだよねー」 「ホズミが好き過ぎるからって他の男で代用するのはどうかと思いますよー」 「ちゃうわい!! やってないってば! 私はまだ処女やっちゅーにっ!!」 ばふんと枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。声が枯れんばかりに叫んだとも。 言い切った後になってやっと気づいた。寝室の入口が開きっぱなしになっている事に。 そこにディーノが立っていたいた事に。 「え、えーと……」 一度はがっちりと合った私との視線を高速で外したディーノ。 でもフリーズしたまま一向に回復しない私に、どんどん居心地が悪くなったらしく。 「今朝は、清々しくて、いい朝ですね」 と空々しい挨拶をした。なんのフォローにもなってないから! てか、ほんっとにそう思ってんならビンタだよ!? 前 | 次 戻 |