騎士舎にて



 おお、ここか。
 右手に持った紙と目の前の建物を見比べて何度も頷いた。
 今私は騎士団兵舎に来ている、はず。
 ルイーノに簡単な地図を書いてもらってそれを頼りに一人でテクテク歩いてきました。
 無謀でした。

 ルイーノのやつ、面倒だからって本当に簡潔にしか書いてくれなくって、道とか線だし、目印らしい目印ないし。最終的に、なんかこの辺、とかグルグルって丸印されてあるだけだし。
 
 まさかこれだけで来れるはずもなく、擦違う人に尋ねまくって、ルイーノの地図の上に色々と書き足してもらったりなんかして、漸くの到着です。
 城内から城内への移動のはずなのにどうしてこんな遠いのか。

 石造りの大層大きな建物の鉄の扉を開けてみる。あ、やべノックとかした方が良かったんだろうか。

 と気付いたのはまぁ開けきってからだった。
 どうやら私が辿り着いたのは執務棟の方ではなくその隣に併設されている鍛錬場だったらしい。

 扉を開けた途端にムワっと生暖かい空気が出てきて顔を顰めた。そして鍛錬していた騎士の方々を見て絶叫した。

「ぎゃああああああっ!! ナマだナマーっ!!」
「うわあああああーっ!! な、なん、ユリスの花嫁様!?」

 騎士様方も絶叫。
 つまりはあれです、あれ。厳しい訓練のせいで熱くなった彼らは服をね、脱いでしまっていたわけでしてね。あ、上半身だけですよ!

 しかし鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく晒してくれて、ありがとうございますおいしいです、ってなんでやねん!!

 うう、パニクってナマとか言っちゃったよ、どうか皆さん忘れて下さい。

「あんれれー、ハルちゃんどしたのこんな所まで来て」

 騎士達の眩しい? いや、あられもない? 姿をガン見も出来ないので慌てて後ろを向いてオロオロしていると、ひょいと顔を覗きこまれた。
 
「服を着んかい服を!!」

 私のこの乙女な恥ずかしがりっぷりを見てあんたは何も思わんのか!!
 こちとら初心な女子(おなご)だっつーの!!

 そんな花も恥じらう少女は握りしめた拳で力いっぱい自分を覗き込んでくる不届き者たるウィルちゃんを殴り飛ばしたのだった。

「ぎゃん!!」

 ずざーっと地面を滑ってゆくウィルちゃんに、他の団員達はざわめいた。

「す、すげぇ! 女の細腕で出せる力じゃねぇ!」
「あ……あれが神の力か!」
「ユリスって戦神だったっけ……?」

 いいえ違います。神の力違います。100%私の自力です。
 でもそれ言ったら私のイメージが大層損なわれる危険があるので黙っていよう。

 ていうか絶対あれはウィルちゃんがわざと大袈裟に転んだんだ!
 
「ほんとに顔の腫れが出てくるようならルイーノに治療してもらってね」
「……それ、余計腫れたりしない?」

 たぶん。腫れると思うよ! でへへ。
 ひくりと頬を引き攣らせたウィルちゃんにザマァ! とニヒルに笑っておいた。

「あの、すみません。マリコさんに頼まれて届け物なんですけど、ディーノいます?」

 私の手には書類が幾つか入った封筒が握られている。

 ラヴィ様の護衛に関する重要書類で、マリコさんが早く上司のディーノに提出しなきゃいけないんだけど、これからラヴィ様が出かけるからそのお付をしなきゃいけなくって、どうしようオロオロってしてたから、深く考えずに「私が代わりに持っていきましょうか?」なんて言っちゃったのだ。
 
 何となく、学校の教室から職員室に行くくらいの気分で言っちゃったんだけど、私の居候している塔って城内でも端っこの方だから何処に行くにしても物凄い距離があるんだよね。完全に失念してた。

 もうウォーキングなんて二度としないって心に誓うくらいに疲れた。

「隊長なら少し前にソレスタ様に無理やり引き摺られて行かれましたよ?」
「……そうか、残念。じゃあこれ帰ってきたら渡しておいて」
「ちょっとハル様それ薄情過ぎません!? 帰って来るまで待っててあげるとか、ちょっと心配してあげるとか! 様子見に行ってあげるとか!」
 
 はい、と近くにいた騎士さんに書類を押し付けようとしたら、すっごい勢いで批難された。
 え、だってソレスタさんでしょ? かかり合いになったら負けというか。

 ディーノは巻き込まれて可哀そうだと思うよ? だけど自分に火の粉が掛かるのだけは避けたいし、触らぬ神に祟りなしってね。
 
「じゃあ、ディーノが帰ってきたらお疲れ様って言ってあげて」
「俺等が言うんかい!!」

 数名のツッコミが重なった。流石団体行動が身についてるなぁ騎士のみなさんは。

 仲良さそうな彼らの様子を微笑ましくて、薄笑いを浮かべながら見つめる。自販機の、あたたか〜い、な感じで。いっつもあの「〜」の部分を見てほっこりした気分になったものだ。

「おいお前等何を騒いでいるんだ、さっさと支度をして執務に戻れ」

 大分頭の中の思考が横道に逸れた頃、私の背後にいつの間にか立っていた人が私の暖かな気持ちを一瞬で凍えさせるような冷め切った口調で言った。
 
 な、なに!? この距離になるまで全く気配に気付けなかっただと!?

 まぁそりゃそうだろうけどね。私気配に敏感ってわけじゃないし、相手は騎士なんだから足音決して歩くとか普通に出来るだろうし。言ってみたかっただけです。

 振り返った先に居たのは人形だった。
 いや、精巧に創られた白石の天使像もかくやというほど、恐ろしく美しい男だった。
 
 眩いばかりのシルバーの髪に翠の瞳。ビスクドールのような透き通った肌にすっと通った鼻梁に薄い唇。

 ソレスタさんと張るくらいの美しさだ。
 
 こ、こんな人が騎士にいたのかー!! 急に不意打ちで視界に飛び込んできたら心臓に悪い!



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