▼page.2 ぐっすり眠ってしまったホズミからそっと離れた。 ……お腹空いたし喉乾いた。あんな一日中動き回ったのに殆ど何も食べてなかったって気づいてしまったらもう居ても経ってもいられなくて。 良い感じにお腹ぺたんこだけど、食べない無理なダイエットは身体壊すしね! リバウンド怖いしね! かと言ってこんな夜中に飲食するのもかなりヤバいってのは分かってるけど、そこは気づかないフリをするのです。 部屋をこっそり抜けて一階へ降りた。えーと厨房はどこですか? 夜中に冷蔵庫漁るとかちょっと女子としてどうかと思うけど、まあ緊急事態だよしとしよう。 何があるかなぁ。ハム食べたいな。ハムの気分だな。 この世界の冷蔵庫ってのは電気ではなく魔力で冷気を出しているという、異世界ならではの構造をしている。 一度電気について聞いてみた事があるんだけど、逆にエレキテルとは何ぞやと聞き返されて答えられなくて泣きたくなった。 電気はスイッチ押したら勝手につくもんだとしか認識してなかった平凡な女子高生が、仕組みなんか知るかい! 水をグビグビ飲みながら冷蔵庫を開ける。……ハムない。 仕方ない。パンを食べよう。冷蔵庫の中に目ぼしいものが無かったのでテーブルの上に置かれてあったパンを一つ拝借する事にした。 あ、くるみ入ってる美味しいなぁ。 「何をやってるんですか?」 「きゃあっ!! ごめんなさい勝手につまみ食いしてごめんなさい! て、あれディーノか」 齧ったパンを手に持った状態じゃぁ言い逃れ出来ない。先手で謝るが勝ちだと思ってたら後ろに立っていたのはディーノだった。 ちっ、謝り損か。 「俺も一個貰っていいですか」 「どうぞ」 おいでませ共犯の世界へ! こうしてつまみ食い同盟をディーノと(一方的に)結んだ私は残りのパンも心置きなく頬張った。 ぱくぱくと気持ちよくパンを口に入れていくディーノをぼんやりと眺める。美形は何してても美形だなぁ。 ハムスターみたいに頬パンパンにさせててもきっとイケメンなんだろうなぁ。ちょっとやって欲しい。 「それにしてもディーノ、身体の調子はどう? 痒いとかないの?」 「痒い? は、ないですね。やっぱり違和感は強いですが」 「もしかしてそのせいで寝つけなかったとか」 「いえ、ソレスタ様と侯爵様が祝い酒だとか意味の分からない宴会を始めて煩かっただけです」 酒に溺れた駄目人間どもが! 侯爵に至ってはただの飲んだくれじゃないか。 あの人がちゃんと仕事してるとこ見た事ないんだけど。 「……オッサン共は置いといて、違和感って大丈夫?」 「時間が経てば馴染むらしいですし」 人一人の生まれた時から二十年以上もの記憶と思考が増えた事に慣れるまでどれだけの時間が必要なんだろう。 「ねぇ、目、見せて」 前髪をそっと掻き上げると、左右で色味の違う瞳がはっきりと見えた。薄暗い室内でもよく分かる。 「ブラッド……」 真紅の左目がその名の通り血のように鮮やかだ。血が通っている。息づいている。 彼が少し身じろいだ加減で揺れた髪も月明かりを反射してきらきらしている。 「ブラッド」 「……ここにいる」 私の手を覆うように添えられた彼の手は温かかった。 息づいている? いいや違う。彼の中にブラッドがいるわけじゃない、彼がブラッドだ。もちろんディーノでもある。 「なんで泣いてんだか」 真っ赤な瞳を見詰めたまま涙を流す私を持て余すような、ちょっと困ったような、そんな声音だった。 彼は何も失ってない。二つに別れていたものが一つに合わさっただけ。 悲しむ必要なんてないんだって、そう頭では分かっていても、変化を思うと泣けてくるのは彼に対して失礼なのだろうか。 その涙が悲しみからくるものなのかはっきりしない。 「喜んでるのは俺だけ?」 さっきよりも少し柔らかい声で良いながら涙を拭ってくれた。 「これでやっと俺はハルの聖騎士だと胸を張って言える」 これでもかというくらい清々しく言ってくれるので私はバカみたいに見返すしか出来なかった。 添えていただけだった手を握り込まれて彼の口元へと運ばれる。 「呼びかけに応えてくれて、俺の所に来てくれてありがとう」 私は何もしていないのだけれど。日々何も出来ない時分に打ちひしがれるくらいだけれど。 何でも出来てしまうディーノにそう言って貰えて救われた。 「私の方こそ。……これからもよろしくね」 この直後、屋敷の見回りをしていたら偶然……とか怪しげな言い訳をしつつ乱入してきた執事さんが、こういうのはもっとテラスとか雰囲気のいい場所でやった方が盛り上がりますよって、むしろ雰囲気ぶち壊してくれて。 勿論テラスに移動する事なくそれぞれ部屋に戻って寝た。 前 | 次 戻 |