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 ふぅやれやれ。ここまで来れば大丈夫だ。
 侯爵の屋敷の前で私はそろりと後ろを振り返った。よし誰もいない。
 
 はい、説明致します。逃げました!

「ちょうど良い機会だ、二人で顔付き合せてたんと語り尽くせ!」

 と捨て台詞を吐いてディーノが作った空間の切れ目から逃げ出てきました。
 森で所在なさ気に待機していたホズミの手を引いて。
 
 今頃は第一回、ディーノ ブラッド ファーニバル大会議が行われているのだろう。
 話し合いだぞ、間違っても相手を血祭りにあげようとするんじゃないぞ。念を押してきたけどどうなっている事やら。
 一応ディーノから聖剣は没収してきたけれど。

「ディーノとブラッド、仲良くやってるかなぁ」

 自分で言っておいてなんですが、あまりに無茶な台詞だったと少しげんなりした。

 ホズミは耳をぴくぴく動かして耳をそばだてていたようだが、んん? と首を捻った。ディーノとブラッドの会話が聞こえないか試したのかな。可愛い。

 聞こえるような距離じゃないし空間の捻じれた所に居る二人の声は当然獣族であっても届かない。しかし可愛らしいしいじらしいので良し。
 
 お帰りなさいませ、と執事さんが丁寧に腰を折り玄関扉を開けてくれた。
 侍女さん達も仕事の手を止めて会釈してくれる。なんだかえらい人になった気分だ。

 そして何も言わずに通されたのは一階にあるサロンで、そこでは残念な大人達の姿があった。

「まだ日も高い内から酒盛りって……駄目人間ですかあなたら……」

 テーブルの上にも下にも酒瓶が転がっており、ソファーに沈み込むように座っているのは侯爵とソレスタさん。

 なんだって連日酒に溺れてるんだ。まるでろくでなしのようだ。

「ハルちゃんおかえりー!」
「てかこの部屋酒臭い! ホズミ入っちゃ駄目だよ、臭いで酔っちゃう」

 嗅覚の敏感なホズミにはこの部屋に充満している空気だけで毒だ。

「えー硬い事言わないで一緒に飲みましょうよぅ」
「何言ってんの私もホズミも未成年です! それに酒は飲んでも呑まれるなって言ってですねぇ?」
「うるさいぞ小娘、これが飲まずにおれるか!」

 ひぃ! 侯爵に小娘って言われた! すっごい据わった目で睨まれた!
 私何も間違えた事言ってないもの、悪くないもの。

 しかし情けなくも泣きそうになった私を見て、侯爵はちょっぴり気を良くしたのか、ふんと鼻を鳴らしてまた酒を煽った。
 悪酔いも甚だしいです……。

 ホズミを先に私の部屋に行くよう促してからそそくさとソレスタさんの隣へ行った。

「侯爵どうしちゃったんです?」
「この子昔っからこうなのよ。何かあるとすぐ酒の力に頼っちゃうの」
「本物の駄目人間じゃねぇか」

 おっと本音がぽろり。わざとらしく口を手で覆ってみたり。
 そんな私の態度に侯爵は苛々とした表情で舌打ちした。案外子供っぽいなぁこの人。いや、お酒が入っているせいなんだろうけれども。

「で、酒に溺れなきゃやっってられないような事って何ですか?」

 貴族然としていた侯爵がこんななっちゃうなんて。
 ソレスタさんはクスクスと笑うばっかりで答えるつもりはないらしいから、侯爵の方を向く。
 彼はグラスに更にワインを乱暴に入れて、据わった目のまま私を射抜いた。
 
「全く腹の立つ……、あれがまだ妻に似た可憐な娘ならば愛せたものを、選りにも選って私似の息子など愛着が湧くはずがない」
「はぁ、ディーノ達の事で患ってたんですか」

 まぁそうだろうとは思っていたけど。

「……ディーノ達の事ちゃんと息子だって思ってたんですね」

 びっくりした。全然目も合わせようとしないし、初日に化け物だとか言ってたし。ディーノも侯爵の事を顔見知り程度にしか思って無さそうな事言ってたから、この親子の関係は修復不可能なのかなって思っていた。

「血の繋がりくらいは認めていますよ、ただ愛情が無いだけです」
「そこが一番の問題なんですが!」

 愛が欲しい。親子愛とか是非見せていただきたかった!
 がっくりと肩を落とした私にソレスタさんが苦笑する。

「こうやって息子の事を気に病んで酒に溺れてる時点で、ある程度の愛情を感じるわよ。ほんっと昔っからどうしようも無いんだから」

 何かを思い出したのか、ソレスタさんがニヤける。
 何でも知っててお見通しの大賢者を、侯爵は苦々しく見やる。

 外見は侯爵の方が年上なんだけど、こういうところを見るとソレスタさんって長生きしてるんだなぁと実感。




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