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 私は日本に帰るのだから、出来るはずないのに。ディーノもブラッドも消えてほしくない、死んでほしくない。

 嘘じゃない、心の底から思ってる。だけど彼等の為に一生この地に残ると言えない私はなんて薄情なんだろう。

「……ごめ、んなさい……」
「別に責めていない」

 慰める意志があるのかは分らない。ただ諦めているだけかもしれない。
 今度こそ涙が堰を切って流れ出した。

 私は何の為にこの世界に来たの。これまでも数えきれない程自問自答してきた疑問が、いつも以上に胸を焼き焦がした。

「俺が目的を遂行すればお前は何も考えず帰れる、それだけだ」
「ブラッドは、それでいいの?」
「当たり前だ」
「……あなたのやりたい事は分かった。でもやっぱり」

 ブラッドから目を逸らして俯いた。

「ディーノにちゃんと話した方が」
「…………」
「ディーノに事情をちゃんと説明した方が」
「…………」
「こんな時にまで意地張ってんじゃないわよ良い歳した男が! あんた自分の命が掛かってるって分かってんの!?」

 分かってないから今の今まで単独行動してたのか!
 そうかこの人実はバカだな。バカなんだな。

 二人の間にこれまでどんな確執があったかとか知ったこっちゃないけど、生きるか死ぬかの瀬戸際になってまで引きずるか?

 そこは一旦腹割って話し合えよ大人なんだから。

 なんだか急にアホらしくなってきたわ。私の涙返せ。
 ごしごしと目を手の甲で乱暴に拭った。

「いやいや私も悪かった。もっと早い段階で話し合いの場を持たせるべきだった。今は反省している」
「馬鹿にしてんのか」
「あらお分かりですか」

 がっと顎を片手で掴まれて力ずくで上向かされた。痛い首痛い!
 涙目で睨んだけど、それ以上に威力のある紅い眼で見下ろされて何も言えない。

「話すだとか説明だとか、そんな時期はとっくに過ぎた」
「話し合うべき時期に、自分達が何もしなかったからでしょう!? ていうか遅くない! 二人はまだ存在してんだから」

 顎に添えられている手をひっぺ剥がす。

「ブラッドがしようとしている事は分った。でもディーノが承諾しない限り私は手を貸さない」

 当然だ。こんな聞き分けのない成人男性の我が侭になんて付き合ってられるか。

 ディーノはディーノできっと同じような返答が返ってきそうだし。やっぱこいつ等元は同じ人なだけあって変なトコ似てんだから!

 ソレスタさんに相談してみようか。

 意識がブラッドから逸れているほんの僅かな隙をつかれて、気が付けばあっという間に彼に拘束されていた。

 腰にがっちりと腕が回って固定され、もう片方の手は後頭部に。
 え、え? こんな状況、前にもなかったっけ?

 ヤバいと思った時にはブラッドの顔が急接近していた。

「ブラ――」

 言い切る前に、噛みつかれるように口が塞がれた。
 思わず目を瞑る。拘束されているのもあるし、そもそも身体が固まって全く動けない私にお構いなしにブラッドは深く口づけてくる。

 いや違う、これ違う、キスと違う。断じて!
 舌が入って来る感覚に思わず肩をビクッと震わせると、何だか嗤われたような気がした。

 噛み切ってやろうか。そんな私の不穏な思いまで読んだようにブラッドが身を引く。

「あん、た、ねぇ……!」

 呼吸も出来ずにいた私は、ゼイハァと息も絶え絶えに言いながら唇を服で拭う。

「お前が強情を張るなら、力ずくで奪う事も出来る」

 というのを実践したわけですか。あんた乙女の純情なんだと思ってんのよ訴えるわよ!!
 腹立たしさにブラッドの胸倉を掴んだ、その時

 ――パリン!!

 ガラスが粉々に砕けるような音が辺りに響いた。

「ハルッ!!」

 叫んだ声に私はその体勢のまま動きを止めて呆然と顔だけを動かした。

「ディーノ!」

 現れたのは聖剣を携えた聖騎士ディーノだった。剣でブラッドが術で作ったこの空間を切裂いたのだろう。

 いつもながらに聖剣の扱い方が乱暴だ。
 しかしいいタイミングで来てくれたもんだと喜色を称えた私の顔は、一瞬にして凍りつく事になる。

「……何を、やっているんですか」

 麗らかな花畑が一瞬にして凍土になったような、そんな錯覚に陥らせる声音だった。
 ピシリと私の身体も氷漬けになったかの如く動けなくなる。

「ハル?」

 ひっ! 喉の奥で悲鳴が消える。口元は笑っているのに眼光が鋭すぎて慄く。

「何をしていたかくらい、見れば分かるだろう?」

 こっちはこっちで、ニヤリとニヒルに笑いやがるブラッド。
 わざと事態を悪化させてんじゃねぇええっ!!

 ディーノを怒らせたって百害あって一利なしだって、あんたこそ分かるでしょう!?
 怖いし腹立つしで涙がちょちょ切れそうです。

「お前には聞いていない。ハル、早く離れて下さい。それともその腕切り落としてもいいんですか」

 思わずブラッドの服を掴んでいた手を離したけど、ディーノが言っているのは私の手じゃなくて、まだ私の腰に回っているブラッドの腕の事に違いない。

 そしてディーノは有言実行の男、やると言ったらやる!

 そうと分かれば迷いなどない。全体重掛ける勢いでブラッドの足を踏みつけ、拘束の緩まった隙をついて腕から抜け出た。

「お前なぁ……っ」
「う、腕切り落とされるよりマシでしょ!」

 じりじりと後ろに退くと、今度はディーノがぐいと私を引っ張って自分の腕の中に収納した。

 二人の男の間に挟まれるというこの状況。
 全っ然嬉しくないわ! この中で誰一人として恋愛感情を抱いている人とかいない、甘さの欠片もないこんな殺伐とした三角関係など!!
 



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