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「リアムちゃん、あ、リアムちゃんっていうのは奥さんね。彼女に一目惚れしちゃったんだけど、何せそれまでの素行が悪かったせいでてんで相手にされなかった時とか、どんなに危険だって言い含めてもリアムちゃんが子供絶対に産むって聞かなかった時とかも、それはもう酒びたりしてたわよねぇ」

 なるほどねぇ。つまり侯爵は奥さんに首ったけでまったく頭が上がらなかったという事だね。
 幼な妻だって聞いてたから、なんとなく小柄で清楚で大人しい人を想像してたんだけど、これはもしかしたら違うかもしれないな。

「侯爵はリアムさんが大好きだったんですねぇ」
「何よりも愛してましたよ。だからこそ彼女が命を懸けて誕生させた子を愛せないと確信があった。一緒に居て憎まずにおれる自信が無かった。だから教会に預けたんです。半分はリアムの血を受け継いだ子だ、幸せになるくらいの権利はあげようって気持ちは私にだってありましたよ」

 だというのに、その結果はどうだ!? と声を荒げる侯爵。
 まさか教会がまだ目も見えない赤子に禁呪を施すなど考え付くはずがない。

 侯爵はずっとディーノとブラッドに別れた息子の事実を知らないで過ごしていた。
 だがこの度ソレスタさんに聞き、己の犯した過ちを悔い、酒びたりになっているという。

 着地地点はちょっと首を捻ってしまうけれど、どうやら私が思っていたよりも侯爵は人の心をちゃんと持っていたようで安心です。

「しかし侯爵、奥さんをこよなく愛していたわりに、女性に手を出すのが早いと言うか節操がない感じがするんですが?」
「……男の性だ。生理現象は致し方ない」

 開き直りやがった! この屋敷に来た初日に侍女さんとイチャこらしてた衝撃シーンが日常なんだったら私はこの人に一切の同情はしない。

「男なんて信用ならない獣(けだもの)ですわユリスの花嫁様。こんな野蛮な生き物に心を許してはいけません、愛するならばやはり女性に限ります」
「ぎゃー!! 出たーっ!!」

 ぽんと私の肩に手を置いて、まるで慈しみと母性のみしか感じられない笑みを浮かべた、お色気むんむんの侍女さんが言う。

 お化けに遭遇した時みたいな悲鳴を上げてしまった。でもこの侍女ハンナさんは、お化け以上に危険だ。
 思わず飛び跳ねてソレスタさんの横へ逃げる。

「あらつれない、ふふふ」
「ハンナ、生娘を手の平で転がして遊ぶのはやめなさい」
「侯爵もうちょい歯に衣着せた物言いをしてもらえませんか!?」

 そしてやはり私は遊ばれていたのかこんちくしょう!
 大人なんて……大人なんて……っ!
 悔しさに打ちひしがれていると、私の足元に誰かが跪くのが視界の端に見えた。

「ハンナ、このお方にちょっかいを出すのはいい加減やめなさい。将来の侯爵夫人になられる方ですよ」

 じっと感情の読み取りにくい、仮面のような表情でハンナを見据えるのは執事さん。

「え、は!? 私の将来勝手に決めないで!?」
「なんと……、ご子息様とあんなに濃密な夜を過ごされて、まさかご結婚なさるつもりはないと?」
「あたかも実際に見たかのように言わないでよ! ディーノとは何もありません、ちゃんと用意してもらった簡易ベッドで寝ました、パーティションで区切ってもらってました!」

 ちっと執事さんが舌打ちしたのが聞こえてきた。
 なんだってんだこの人、この世界で会った中で一番理解不能かもしれない。

 やたらとディーノと私をどうにかしようとしてるけど、どういう意図が働いているんだか。
 そしてここの使用人の方々はどうして普段の気配の消し方が尋常なく上手で、会話に突然加わってくるのか。

「やめないか。奴に跡を継がせる気はない。あれこれ世話を焼くな、鬱陶しがられるぞ」

 ひらひらと手を振り侯爵が執事さんを止める。
 執事さんはぺこりと頭を下げて部屋から出て行った。ハンナさんもいつの間にかいなくなっている。

 だから……! いやもうここの人達の特殊能力という事にしておこう。深く考えないでおこう。

「なんだったんです? あの執事さん」
「あれはリアムが連れてきた執事でね、リアムに対する忠誠心が行き過ぎて、その息子の世話まで焼きたがっているだけです」

 ほお、ではあの人のあの態度は一応は忠誠心とか敬愛からくるものだったのか?
 無表情過ぎてさっぱり伝わってこないよ。

 ぼんやりと入口のドアを眺めていると「歪んだ愛情がひしめいてるわねぇこの屋敷は」というソレスタさんのつぶやきが聞こえてきた。
 
 他人事だと思って適当なしめ方しやがって。巻き込まれる私の身にもなってくれ。



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