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 人から魔力を抽出するには術式を使用する。その術式は難解かつ精度の高さ、更に術者の魔力の高さも求められるもので、魔導師といえどおいそれと発動できるものでは無い。抜き出す魔力が大きければ大きい程、その難しさも上がっていく。

 特に禁忌とされているものではないが、あまりに成功率が低くリスクが高い為にこの術を発動させようとする者は殆どいなかった。

 だが協会は二十数年前、神官の中でも指折りの魔術使いを集めその術を行使したのだ。
 まだ新生児と言える赤子に対して行われたそれは、前代未聞のものだった。

 被験者が体内に二属性を所持する異能児である事、そして闇属性のみと限定した魔力を選別しながらの抽出という事。

 他の者であれば一つの身体に一属性しか持っていないのだから、魔力の選別などする必要もないし、そんな事が可能なのかどうかも知れなかった。

 結果として、魔力を分離し抽出する事には成功した。
 違う側面から言えば、それ以外については失敗していたのだ。

 術式が術者の意志通り百パーセント行使されてはいなかったと気付いたのは何年も後、ディーノとブラッドがある程度成長を遂げてからだった。

 ディーノは魔力を使うのは苦手で剣術に長けていた。逆にブラッドは身体を動かすより机に向かっている時間の方が長く、幼いながらもその高い魔力を駆使していた。

 二人共大人しい子ではあったが、ディーノは大人達に従順で愛想も良かったのに対し、ブラッドは常に単独行動で言う事を聞かず扱い辛い子だった。

 元は同じでありながら正反対の二人を観察していくうちに術者達はある事に気付いた。
 分離したのは魔力だけではなかったのではないか。
 先天的な性格や能力の素養までも別れてしまっている。

 異例中の異例である術式は、多数の魔術師達をもってしても完全には扱いきれなかったのだ。

 ただの魔力が人間の型を取ったわけではない。血も肉も臓器も、五感や感受性、個として存在するのに必要なもの全てが綺麗に、半分になっているのでは。

 その考えに至った術者達は、ずっと気持ち悪がって目を逸らし続けていたブラッドをこぞって実験体にしようとした。

 どうやって生きている、体内はどうなっている。切り刻んでみれば分かるはずだ。
 だがそれが実現する前に大賢者ソレスタが強引に教会から奪うようにブラッドを引き取って行った。

 この件に携わった教会関係者は知らない。
 確かに術式によってディーノとブラッドに別れた二人だが、何もかも綺麗に半分ずつに別けられたわけではないのだ。

 肉体の大半はディーノにあり、ブラッドは僅かな人体を生成する元素が少しあるだけで後は膨大な魔術によって補っている。

 そして精神(こころ)はその逆なのだ。
 ディーノ ブラッド ファーニヴァルの主人格は実はブラッドの側にある。

 ディーノに心が無いわけじゃない。彼にだって考えはあるし感情も存在している。

 けれどどこかそれらは希薄で曖昧。周囲に逆らわず当たり障りのないやり取り。人当りが良いと言えば聞こえは良いが、八方美人に近い。

 相手を取り込もうとか自分を売り込もうという意志があるのではなく、むしろ相手の意向に逆らう程の意志がないからだ。

 以前ラヴィ様がディーノの態度が曖昧だと言っていたのを思い出した。聡い彼女だ、ディーノとずっと一緒に居るうちに何か察したのだろう。

 ルイーノも初対面で看破しているんじゃないだろうか。
 明確な所までは見抜けないにしても、違和感を覚えたに違いない。

 人を困らせるのが大好きなルイーノだ。相手の反応を見て楽しんでいる彼女には、感情の少ないディーノはそれは面白味のない、敵ともいえる存在だ。

 そして皆がしきりに言う。
 私と一緒に居るディーノは今までの彼とは違う。感情をあんなに出す彼は見た事がない。”あの”ディーノが人の世話を焼くなんて。

 私には言っている意味がいまいち分らなかった。

 どうもディーノは私のユリスの花嫁としての力に引っ張られていたらしい。

 ブラッドが私から魔力を取り込むように、ディーノは私といる事で精神を増幅させていた。
 だから最近は常になく感情的だったという。

 なんだ、それは。なんて、滅茶苦茶な話。

 ブラッドが語った彼等の真実は到底すぐ理解も受け止める事も出来るようなものではなかった。

 一体どこに救いはあるの?

 ディーノはディーノ、ブラッドはブラッド。でも二人でディーノ・ブラッド・ファーニヴァルという個になる。

 別れたままではいずれ……。

「わた、私が……私の力を使ったらブラッドは消えないんじゃないの? 定期的に魔力を補給すれば……っ!」

 油断したら涙が零れ落ちそうで、必死に堪えながらたどたどしい口調でやっと絞り出した。

 長い長い話を聞き終えて、漸く私が言えたのはこんな事だけだった。縋るように彼の服の裾をギュッと掴む。

 私の手を振りほどこうとはしないブラッドだけど、彼の返事は冷たいものだった。

「一時凌ぎをしたところで意味は無い。お前は元の世界に戻るんだろ」

 言葉に詰まった。唇を噛む。
 その通りだ。定期的に魔力を与えればいいなんて無責任な事を言った。



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