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「ルルーリアさん」
「お見苦しい所を見せてしまいましたね」

 見ていて気持ちのいいものではありません。
 ですがトモヨさんは首を振りました。
 
「ルルーリアさんのせいじゃないじゃないですか! ここの人達を殺したのは魔族でしょう? どうしてルルーリアさんが」
「トモヨさん」

 そう言って下さるのはとても嬉しいけれど。敢えて言葉を切りました。
 
「巫女とはこういうものなのです。契約した精霊の力を駆使して皆を守る事こそが使命なのですから。だから、これはわたくしの罪……理不尽に思える叱責も、仕方がありません」

 そう考えなければならないのです。わたくしだけではありません、巫女になった者は国中の期待を一身に背負って愛される反面、巫女としての資格を失った途端に役立たずの烙印を押されてる可能性を持っているのです。
 
 これまでは魔王などという脅威の存在がなかった為に、よほどの事が無い限りわたくしのようにはなりませんでしたが。
 大なり小なり、巫女としての地位を返還した後の方達には何かしらあったようです。
 あまり後の人生が明るいものであったという話は聞きませんでした。因果なお仕事ですよ。
 
「もうこの世にいる精霊は正真正銘ウィスプだけです。その巫女であるトモヨさんに掛かる期待の重圧は、わたくしの比ではないでしょう。だからこそ、知っておいてください。例え理不尽だと叫ぼうとも、これが世の中なのです。神に祈ったとて覆りません。
 ……わたくしは、貴女を同じ目に遭わせたくない。こんな思いはわたくしだけで十分です。ですからトモヨさん。貴女にとって唯一無二であるウィスプを絶対に死なせないで」
 
 覆らないこの世の中に絶望し、何もかもが虚しく、後から湧いてくるのは自分を蔑むばかりの人間に対する憎悪だけ。
 あんなどん底まで落ち抜いた精神状態にトモヨさんをさせるわけにはいきません。
 
 それにウィスプに消滅なんてされちゃったら、本当にこの世界滅んじゃいますからね。
 
 息を詰めて聞いてくれたトモヨさんは深く頷いた。
 
「ではトモヨさん、魔王討伐に向かわれるまでの短い期間、みっちりとわたくしが精霊の力の使い方を叩き込んで差し上げますわ!」

 ほほほ! と高笑いします。
 引き攣った笑みを浮かべるトモヨさんが、ふと一つのお墓を目に留めました。
 ああ、さっきジェフが手を合わせていたところですわね。
 
 わたくしも覗いてみます。墓石に掘られた故人のお名前を見て納得いたしました。まぁ、そうだろうとは思っていましたが。
 
「コリアー・エルクンド様。先代魔術師団長だった方ですわ」
「それであの人達は……でも、だからってあんな言い方しなくたって」
「仕方ありません。コリアー様はわたくしが命を奪いましたし」

 今から数か月前、この神殿が魔族に襲撃された折に、わたくしがコリアーを手にかけました。
 とても後味の悪いものでした。
 
「どう、して……」

 信じられないとわたくしを凝視するトモヨさんは、理由を説明するまで視線を外してくれそうもありません。
 誰かに言うつもりは無かったのですけれど、彼女にならいいかもしれませんわね。
 
「コリアー様こそが、神殿を襲った魔族だったのです」
「えっ、でも」
「何があったのかは知りませんが、神殿を訪れた際の彼はもう闇堕ちしていて……誰も気付かず中に入れてしまい、急に大魔法を放たれて近くにいた方々は一溜りもありませんでした。こちらが混乱している隙に大量の魔族が押し寄せてきて、もう後の事はうろ覚えですが」

 護衛騎士に身を盾にして守ってもらったわたくしは、ほとんど無傷で済みました。
 ですからジェイドと共に応戦してコリアーを含めた魔族らを殺した。
 
 この前代未聞の事件は、神殿が魔族の襲撃に遭い壊滅した、とだけ世間に伝えられました。
 魔術師団長が闇堕ちして神殿を襲ったなど、言えるはずがありません。
 いたずらに皆を不安に陥れるだけです。どれだけ力を持った者でも、簡単に闇堕ちして一瞬で敵となってしまうのだと、まざまざと見せつけられたわけですから。
 
 事実を知っているのは、ほんの一握りの人達だけなのです。
 あの調子ですとランベールも知らされてないようですわね。
 
「ルルーリアさんはいいんですか? 事実を知れば、皆あそこまでルルーリアさんを責めたり出来ないはずです」
「そうですわねぇ」
 
 言いたい気持ちが無いと言えば嘘になってしまいますけれど。箝口令が敷かれていますし、この重要な時期に魔術師団の士気が下がってしまうのはいただけません。
 それに魔術師さんは、ちょっと精神的に参ってしまうと闇堕ちするっていうデリケートな生き物なので、あまり刺激を与えてはいけないと思うのです。
 
「ねぇトモヨさん。憎悪と絶望なら、一体どちらの方がより深い闇へと堕ちるのだと思いますか?」
「憎悪と、絶望……?」

 魔術師団長という頭を殺したわたくしに対する憎悪か、敬愛していた方が闇堕ちし神殿を襲った事実を突き付けられて絶望するのか。
 どちらの方が精神を保っていられるのでしょう。
 
 前者は過去に引きずられているだけですが、後者は未来への恐怖に繋がるものです。
 己もいずれは同じ末路を辿るのではないかという恐れを抱いて生きていかなければなりません。その方がよっぽど辛いのではないかと思うのです。
 
 ですから、ジェフがわたくしの服を掴んで蔑んで来た瞬間に事実を全部ぶちまけて、絶望してしまえと、恐怖し狂ってしまえばいいと、一瞬でも考えたわたくしはやはり性根が捻じ曲がっているのでしょうね。



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