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 なんだか時間を随分浪費してしまいましたが、目的は達成しました。
 王様からの書簡をオズワルドに渡すというのが表向きで、まぁ本当は竜王のオズワルドとトモヨさんを会せるのが真の目的だったわけです。
 
 魔王討伐に行くのにドラグーンの力があるとないじゃ全然楽さが違ってきますもの。
 
 やれやれわたくし遣り遂げましたわ。というわけでもう帰りたいのですが。
 帰ってイーノックにどれだけ大変な思いをしたのか訴えるのです。貴方がいらっしゃらない時に限って酷い目に遭うのだと。そうだわ、トモヨさんに役立たずと言ってもらいましょう。彼女からの方がわたくしよりもショックが大きいでしょうし。
 
『なにやら楽しそうだな、ルルーリアよ』

 あまりの事に咄嗟に声が出ませんでした。頭が真っ白になりましたよ。
 ここはわたくしに与えられた部屋のバルコニー。今は夜更け。わたくしは星空を眺めながら、思い耽っていたわけです。
 
 誰にも見られないと安心しきって、一人で妄想しニヤニヤしていた所に急に声を掛けられたものですから、心臓がぎゅーっとなって、次いで有り得ないくらい忙しなく鳴っています。
 今わたくしの目の前には、どこに身を隠していたのか気付かなかった事が不思議で仕方がないくらい近くに大きな白銀の竜がいらっしゃいます。

 オズワルドと契約を結んでいる帝王ルーク様。
 わたくしがその姿を視認したのを見計らって、ルーク様はバサリと羽ばたく。

「まぁ、お久しゅうございますルーク様」
『堅苦しい挨拶は抜きだルルーリア』
 
 私の頭から腰くらいの大きさはある顔をずいと近づけてきたルーク様の鼻を撫でさせてもらう。
 つべつべとした独特の冷たい感触がします。

『女性の部屋を無断で覗き込むのは如何なものかと思っていたのでな、外に居てくれて助かった』
「紳士ですわねぇルーク様は」
『そうだろう、そうだろう』

 ふふん、と鼻息を吹くルーク様はどこか誇らしげに見えます。
 竜であるルーク様にこんな事を思うのは変なのかもしれませんが、とても表情豊かな方です。オズにも少しくらい分けていただきたいものですわね。

『ジェイドの事は誠に残念だった。半身を失くす辛さは吾にも分かる。だがルルーリアよ、ジェイドに守られたその身、決して粗末にするなよ』
「はい。心得てございます」

 心に突き刺さるお言葉でした。一度は闇に身を窶したわたくしです。それを見事に見抜かれたような気がしました。
 けれど、だからこそ今世では絶対に同じ轍は踏まぬと決めたのです。

 すり、と頬擦りしてくるルーク様に身を委ねます。犬や猫のような甘え方ですが、大きさが違い過ぎるので足を必死で踏ん張って無いと後ろに倒れてしまいそう。
 
『ルルーリアよ、悲しみを一人で背負うのが難しければ人を頼ればいいのだ。別に己の心の内を晒す必要はない。それでも涙を流すときに拭ってくれる相手がいるといないでは大違いだと知っておけ』

 ルーク様はベロリとわたくしの頬を舐めた。
 ちょ、もしかして涙を拭ってくれた的な行動なのでしょうか。しかしむしろ唾液でわたくしの片頬がべとべとなんですけれども。しかも臭いです。
 
 何とも言えない気持ちで呆然としていると、ルーク様はくつくつと喉を鳴らして笑っておられました。わざとだったのですね……。
 悪ふざけというよりは、茶目っ気と言ったところなのでしょう。ごしごしと服の袖で拭います。
 
『すまなかったね、ルルーリア』
「……?」

 何に対して謝られたのか分らなくてポカンと見上げる。頬を舐めた事ではないようです。
 ルーク様は金の瞳を細めてわたくしを真正面に見据えました。

『お前とジェイドの助けになれなかった事、本当に悔しくてならなんだ。だから再びお前に困難が立ち塞がったなら、今度はかならず吾が助けになると約束しよう』

 竜とは本来、人間社会に無頓着で興味の薄い生き物です。彼等が手を貸して下さるのは、単純に相棒である契約者個人に対してのみなのです。
 だというのにルーク様はオズの友人とはいえ、関係のないわたくしの為に心を痛めて下さったり、こんな風に約束を下さるなんて事は普通ならば有り得ません。
 この普通ではない所が、帝竜たる所以なのやもしれませんね。

「ご親切痛み入ります。けれど貴方様のお手を煩わせるなど」
『まぁ畏まらず聞き入れておくれ。お前はね、吾の初恋の相手に似ていてな、どうにも肩入れしたくなってしまうのだ』
「あら……、まぁそれはそれは光栄ですわ」

 ルーク様の初恋と似ているだなんて恐縮してしまいますわね。一体どんな方だったのかしら。竜の中でもかなり長寿の部類に入るルーク様だから、もうその方は天寿を全うされているかもしれません。
 もしご存命なら、彼女もまた帝竜の位を冠した強大な力を有した存在という可能性もあります。

「是非ともお会いしたいものです。とても立派な方なのでしょうね」
『そうだな……気高く強く、なにより美しかった。どうだ、ルルーリアにそっくりだろう?』

 にんまりと瞳を細めたルーク様にわたくしも笑顔で返します。
 何が言えましょう。彼の方を語るルーク様の瞳は、雄弁にまだその愛情を示しているというのに。
 一体その思いを何十年、何百年この身に宿し続けていらっしゃるのか。矮小な人であるわたくしには想像も出来ぬほどの悠久の時を、ルーク様はその方を思い続けている。痛いくらいに強く。

「ではわたくしに危機が迫ったなら、遠慮なくルーク様に助けていただくと致しましょう」
『ああ、そうしておくれ』

 ルーク様は最後に大きな顔をぐいとわたくしに押し付けてから、翼を羽ばたかせて飛び立ちました。
 わたくしはルーク様のお姿が見えなくなるまで手を振り続けました。

 今までお会いしたどの男性よりもルーク様が格好いいと思うのよね、わたくし。

「さて、そろそろ寝ると致しましょうか。ね、トモヨさん」
「ひっ!」

 一つ伸びをしてから、何気なく首を傾げつつ話し掛けてみます。すると小さな悲鳴が聞こえてきました。
 やはりいらっしゃいましたか。
 気まずげに右隣りの部屋のバルコニーの手すりからヒョコリと顔を出したトモヨさんとウィスプ。

「いやー何か話し声が聞こえるなーっと思って出てみたら……すみませんでした!!」

 居た堪れなさそうに顔を出したトモヨさんが勢いよく頭を下げて、それに倣うように状況を全く理解していなさそうなウィスプも同じく頭を下げた。

「いいのですよ、別に聞かれて困るお話をしていたわけでもありませんし」

 重要な内容ならば、ならこんな所で立ち話などしません。気にしなくていいと笑顔で首を振りました。ほっと安堵の息を吐いたトモヨさんに、またもウィスプが真似をして胸に手を当てて、ふぅと息を吐き出しています。
 本当に、なんて可愛らしい精霊と巫女ペアなのかしらね。

「けれど盗み聞きは感心しませんわ。ね、オズ」
「え? うわっ!」

 今度は顔を上向ける。するとわたくしの部屋の上から、ストンとオズワルドが降って来ました。難なくわたくしの隣に立つ。
 すぐ上階はもう屋上ですから、そこに居たのでしょうね。多分、ルーク様がいらっしゃるより以前から。

 あんぐりと口を開けて、突然現れたオズを凝視しているトモヨさんに苦笑する。この人の身体能力は常人のそれとは全く異なるので、こんな事でいちいち驚いていては身がもちませんわよ。

「オズ、ルーク様がわたくしに助力して下さるのだそうだけれど、良いかしら?」
「あいつの好きにさせてやれ」

 オズは表情を変えないまま、わたくしの頭を軽く撫でました。

 視界の端でトモヨさんが楽しそうに手を叩いているのだけど、一体どうしたのかしらね。彼女はたまに理解しかねる言動をされる事があります。まあ見ていて面白いからいいのですが。




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