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 ふ、と目を開ける。視界に入ってきた景色がいつもと違っていたので、あれ、と思ったけれどすぐに竜騎士の砦に来ていたのだと思い出しました。
 ぼんやりと天井を見つめ、片手で顔を覆う。

 何か夢を見た気がするけれど、上手く思い出せません。
 なんだったかしら、誰か知り合いが出てきたような気もしますが、それが誰だったかもさっぱりです。

 イーノック? オズワルド? いや違う。一人一人心当たりを頭に思い浮かべてみても、しっくりとくる人がいません。

「すっきりしないわ……」

 朝から重たい溜め息を吐く羽目になってしまいました。ベッドから抜け出たわたくしは、サイドテーブルにおかれていた衣類を手に取りました。

 男所帯の竜騎士団舎ですから、自分の事は自分で、とは言っても炊事洗濯お掃除を彼等だけに任せておいては一月と立たず荒んでしまいます。
 なので、女性の給仕の方々は何人かいらっしゃるのですが、当然個別に面倒を見てもらえるわけではありません。

 食堂に行けばご飯が出てくる。洗濯物を頼んでおけば洗ってもらえる。そのような感じです。
 
 巫女時代ですっかり慣れてしまった、一人で身支度を済ませます。
 わたくしが昨日着ていた服はもうボロボロで使いものになりませんので、女性用の竜騎士の軍服をお借りしました。
 お見かけしたことはありませんが、一応女性のドラグーンさんもいらっしゃるのね。
 
 黒を基調とした、身体のラインにぴたりと添う動きやすさを重視した服です。こういうのは初めて着るので、なんだか変装をしている気分で照れます。
 
 初めは、給仕の方の服を貸していただければ、とお願いしたのですが、どうしても了承をいただけなかったのです。

 貴族のわたくしが着るべきではないと。
 あと、色々と想像してしまうので……と、若い見習いの男の子が若干頬を赤らめていたのだけれど、全く意味が分りませんでした。
 どうして軍服はいのかしら。
 
 用意を終えて出ていくと、食堂にトモヨさんとウィスプがいました。
 トモヨさんもわたくしと同じ軍服を着ています。
 
「おはようございます、お二人共」

 若干気まずそうにしているトモヨさんに、ニコリと笑顔を向ける。昨晩のあれを見られていたのは確かに恥ずかしいけれど、別に彼女もわざと覗いていたわけではないのだし、そこまで気にしてはいません。
 
「お待たせいたしました巫女様方!」

 わたくしが着損ねた給仕服に身を包んだ女性が、テーブルに食事を並べていく。
 
「ありがとうございます」

 食堂はガランとしていてわたくし達以外にほとんど人はおりません。
 竜騎士の方々はもうとっくに食事を終えてお仕事中なのでしょう。
 
「あ! お姫(ひい)さんだ!」

 食堂の入口に立った男性がわたくしを指してにこやかに駆け寄ってきます。
 あら、この方は。
 
「お久しぶりです。ロジャー様」
「相変わらず美人だなぁ、お姫さんは」
「ロジャー様もお変わりないようで」

 口を開けば軽口か、女性を口説くための文句しか出て来ないようなこの男性。この方が女性に対して使う言葉は八割増しの誇張が入っているので、真面目に取り合ってはいけません。
 ここは恥じらうシーンではなく、スルーするところなのです。
 そんな彼はロジャーといってオズの友人で、同じく竜騎士です。
 
 友人。友人? そう紹介されたのですが、もしかしたらわたくしの知っている友人という意味とはちょっと違うのかもしれませんわ。
 
 寡黙で無表情のオズと、口が軽く表情豊かなロジャー。本当に正反対といっていい二人です。

「変わりませんよ。変わらず貴女への愛を抱き続けております。あ、勿論有償ですが」
「必要ございません」

 無駄にキラキラした目で見てくるロジャーの言葉をニッコリと笑顔で斬り捨てます。
 本当に、オズと正反対だわ。
 
 遠い目をするわたくしを、トモヨさんが気遣わしげに見つめてきます。良い方ですわね。
 それでこそ、後々ハーレムを作る方と言えましょう。今回は絶対間近でその様子を観察させてもらうのです。
 「ルルーリアの緊急突撃リポート」をさせてもらうのです!
 
「あ、そうだ忘れてた。オズがお姫さん達の事呼んでるから迎えにきたんだったわ」
「えっ」
「あらどうして?」

 わたくしとトモヨさんが同時に首を捻る。
 全くオズの要件に心当たりがないと言った様子のわたくし達に、ロジャーは苦笑を零した。
 
「書簡の返事、用意出来たってよ」
「……ああ」
「ああ!」

 そういえば、そんなものを渡していましたわね。他に気を取られ過ぎてすっかりと忘れていましたわ。
 トモヨさんも、ぽむと手を叩いていますし、ウィスプは……彼女を真似て遊んでいるだけですわね。

「まったく、そういう事なら早く言ってくれませんと!」
「悪(わり)ィ悪ィ。いやてか、お姫さん達が本気で忘れてたとは思わなかったんだよ」

 すっかりと冷めてしまった朝食に目を向けます。
 
「ではロジャー様は先に戻って、オズには今からゆっくりしっかりと朝食を食べてから参りますので、暫くお待ちなさいとお伝え下さいな」

 一日の始まりは朝食にあり。これらを完食するまでわたくしは梃子でも動きませんわよ。
 
「はっはー、オズワルドにそこまで言えるのはお姫さんくらいだよなぁ」

 自分で言って頷きながらロジャーは、じっとトモヨさんを見ました。
 あ、これは……そう思った時には既に遅かった。
 
「あんたが巫女様だな、噂通り春に咲く花々のような可憐さだ」

 さっきまでバカ笑いしてたのはどこへやら。あんぐりと口を開けるトモヨさんの手を取って、真剣に見つめる。
 どこでどんな噂が流れているのか、とても興味がありますわ。
 
 ですが、ロジャーのお得意の女性口説きの口上もここまででした。
 
「トモヨに、触るな!」

 カッとウィスプが目を見開く。と同時に光線が出ました。目から。
 え? 何、今の……
 ロジャーの手に一直線に光が伸びたかと思うと、じゅっと不吉な音がいたしました。
 
「あっつ!!」

 飛び上がったロジャーの右手の甲に、小さな赤い痣が出来ているのがチラリと見えました。火傷のようです。
 
 す、すご! ウィスプったら目から光線出しましたよ!? ジェイドだってあんな事出来なかったのに!
 精霊は直接魔力を使って何かを攻撃出来ないと思っていましたが、やれば出来るのね。
 こんなくだらない場面でウィスプのレベルが上がるなんて、世の中何が功を奏すか分らないものですわ。
 
「あああ! 大丈夫ですか!? ウィスプなんて事を……」
「いいのですよ、トモヨさん。気になさらないで」
「なんでお姫さんが答えてんの!?」

 手の甲に息を吹きかけながらロジャーが拗ねる。
 だって、あれはどう見たってロジャーに非があるじゃありませんか。
 嫉妬深い精霊の仕返しが、あれで済んで良かったくらいです。
 
 これ以上構っていては、いつまで経っても朝ご飯にありつけませんので、まだ騒いでいるロジャーやウィスプを無視して食べ始める事に致しました。




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